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ZDNet Japan 企業情報 |
株式会社イード
| 事業区分 | : | |
|---|---|---|
| 代表者名 | : | 三留修平 |
| 本社所在地 | : |
164-0011 東京都 中野区 中央1-38-1 住友中野坂上ビル16F |
| 企業URL | : | http://japan.zdnet.com/company/20024796/ |
| 設立年月日 | : | 1990年10月16日 |
| 上場区分 | : | 非上場 |
| 従業員数 | : | 70名 |
| 資本金 | : | 300,000,000 円 |
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イド語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/09/27 15:34 UTC 版)
(イード から転送)
イド語(Ido)は、人工言語の一種で、エスペラントの改修案として1907年に発表されたものである。
1907年に国際語選定委員会はエスペラントを採択したが、この際に「一応の採択はするが改変が必要だとみて、検討をすべきだ」という条件が付けられており、これを受けてフランス人エスペラント支持者のルイ・ド・ボーフロンを長とする会が結成され、改作が進められた。 このエスペラント改造案には多くのエスペランティストが、国際語の完成の期待を寄せた。多くの人は不完全なエスペラントがその発展にブレーキをかけるのではないかと思った。エスペラントの改造をしようとした人が数多く、1884年にエスペラントを初めて作ったルドヴィコ・ザメンホフも、現在イド語に入っている複数形の-iの使用と対格形の-nをほとんどの場合でなくして、語順のため曖昧な場合だけ続けてすることを提案したが、可決には至らなかった。
ボーフロンはパリで行われた国際語選定代表者会で、国際語案の候補として、このエスペラントの改造案、「イド」を発表した。この改造案が発表された後、国際エスペラント運動は重大な分裂が続いた。この新しい計画は特にプロの言語学者から支持を受けた。しかし、エスペラントはボーフロンのような指導者無しに言語として確立したが、イディスト(イド語使用者)は発表後も文法規則をよく変えていったため、一般のエスペランティスト達の支持を受けられなくなっていった。1920年代に入ってからは改造がなくなり、その時のイド語と今のイド語はほぼ同じになったが、時はすでに遅く、多くのイディストたちが離れてしまった後だった。
ただし、組織化されたイド運動は現在でも存在し、インターネットのウェブページと少数の使用者たちによって支えられている。エスペラントのように一年に一回大会を開くが、エスペラントの世界大会が2000人程度であるのに対し、イド語大会の参加者は2001年以後、毎年20人未満の参加である[1]。
- ^ Ido-konferiにあるイド大会報告(2001年-2007年大会)の報告記事ないし集合写真
- 1 イド語とは
- 2 イド語の概要
- 3 エスペラントとの相互理解
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