三省堂 大辞林 |
インカ [Inca]
歴史民俗用語辞典 |
允可
印可
印顆
陰架
隠家
三国志小事典 |
陰化
インカ |
(?~?) |
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建安二十四年(二一九)、陰化は武陽県令を務めていたが、県の赤水において九日間にわたって黄龍が姿を現し、また甘露が県内に降り注いだ。蜀の人々はそれを劉氏に対する瑞兆だと考えた。そこで陰化は犍為太守李厳・郡丞宋遠とともに「黄龍甘露碑」を立てた《先主伝・隷続》。 陰化は使者として呉の孫権の元へ赴いたが、孫権を満足させられず、のちに鄧芝が代わって使者になったとき、孫権は「丁厷は上辺だけ、陰化は言葉足らずであったが、鄧芝ならば両国を仲睦まじくできる」と評した《鄧芝伝》。 「言葉足らず」の原文は「不尽」。『華陽国志』では「不実」と作る。 諸葛亮は府(役所)を開くと、蔣琬を茂才に推挙したが、蔣琬は固辞して劉邕・陰化・龐延・廖淳に譲ろうとした。諸葛亮はそれを許さなかった《蔣琬伝》。 【参照】諸葛亮 / 蔣琬 / 宋遠 / 孫権 / 丁厷 / 鄧芝 / 龐延 / 李厳 / 劉邕 / 廖化(廖淳) / 犍為郡 / 呉 / 蜀 / 赤水 / 武陽県 / 県令 / 太守 / 茂才 / 甘露 / 黄龍 / 黄龍甘露碑 / 府 |
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近代文学作品名辞典 |
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インカ帝国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/29 05:54 UTC 版)
(インカ から転送)
インカ帝国(インカていこく、スペイン語:Imperio Inca、正式名称:タワンティン・スウユ(Tawantin Suyu, Tahuantinsuyo))は、南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が作った国。
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- ^ ピース (1988)、p.46.
- ^ Gary Urton, The History of a Myth: Pacariqtambo and the Origin of the Inkas (Austin: University of Texas Press, 1990).
- ^ ピース (1988)、pp.45-46.
- ^ ピース (1988)、pp.50-51.
- ^ ピース (1988)、p.51.
- ^ Gary Urton, Signs of the Inka Khipu: Binary Coding in the Andean Knotted-String Records (Austin: University of Texas Press, 2003).
- ^ ピース (1988)、pp.87-88.
- ^ Starn, Degregori, Kirk The Peru Reader: History, Culture, Politics; Quote by Pedro de Cieza de Leon; Published by Duke University Press, 1995
- ^ Millersville University Silent Killers of the New World
- ^ ピース (1988)、pp.137-138.
- ^ ピース (1988)、p.134.
- ^ 現在、ペルーとボリビアにおいてはインカ帝国ケチュア語とアイマラ語は公用語として認められ、エクアドルにおいても公用語にこそなっていないものの、ケチュア語は初等教育機関で教えられている。この場合アルファベットにより文字化されている。
- ^ 増田義郎:編『新版世界各国史26 ラテンアメリカ史II』山川出版社 2000 p.125
- ^ フアン・ハルオ・イナミネ/山脇千賀子「ペルー人とは何か その起源・アイデンティティ・国民性」『ラテンアメリカ人と社会』中川文雄/三田千代子:編 新評論 1995
- 1 インカ帝国とは
- 2 インカ帝国の概要
- 3 地理
- 4 参考文献
インカに関連した本
- インカ帝国―太陽と黄金の民族 (「知の再発見」双書) カルメン ベルナン 創元社
- インカとスペイン 帝国の交錯 (興亡の世界史) 網野 徹哉 講談社
- インカの反乱―被征服者の声 (岩波文庫) ティトゥ・クシ・ユパンギ 岩波書店