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IKKO
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/02 03:53 UTC 版)
(イッコウ から転送)
| IKKO | |
|---|---|
| 生誕 | 1962年1月20日(50歳) 福岡県田川郡福智町 |
| 職業 | 美容家 |
| 公式サイト | |
| http://ikko.cc/ | |
IKKO(いっこー、本名:豊田 一幸(とよだ かずゆき)、1962年1月20日 - )は、日本の美容家、タレント。美容家になる前はヘアメイクアーティストとして活動していた。
「IKKO」は本名の「一幸」の音読み「いっこう」に由来する。また本名の名前のみを音読みとした「豊田 一幸(とよた いっこう)」の名義でも過去に活動していた。
目次 |
来歴
福岡県田川郡福智町(旧方城町)出身。福岡県立西田川高等学校を経て、北九州美容専門学院(現福岡美容専門学校 北九州校)卒業。
高級美容室「髪結処 サワイイ」で8年間美容師としての修行を経て、ヘアメイクアップアーティストを目指して独立。数々の雑誌の表紙をはじめ、1992年に30代で「アトリエIKKO」を設立、主宰しテレビCM、舞台等でヘアメイクとして活躍。特に和装ヘアメイクを通じ、多くの大女優達の支持を受け、IKKO流「女優メイク」を確立する。また、司会者でフリーになった直後の逸見政孝の専属ヘアメイクを務める。逸見が亡くなった際の死化粧も行った。月命日には欠かさず花を贈るなど、現在でも逸見の家族とは親交がある[1]。女性誌の表紙・ファッションページや、テレビ・CM・舞台・バラエティに出演するほか、トークショーも行う。
常に数誌の女性誌の連載を抱えており、現在は「non-no」、「MORE」、「美人百花」など。ディナーショー、トークショーではメイクデモンストレーションを行うなどして、本業美容家としての活動をしながら、自身の持ち歌や山本リンダの「どうにもとまらない」を歌うなど、エンターテイナーとしての顔も持っている。2009年には全国30ヶ所ツアーも開催された。
2006年7月10日、現在全国各地で行われている美容&ファッション&エンターテインメントの集大成的イベント、初の「IKKO WORLD」が地元福岡のホテルニューオータニ博多で開催される。進行、音響照明、舞台、出演モデルオーディションなどすべて自身で手掛け、モデル10名の衣装、メイクもすべて自身のプロデュース。昼夜あわせて1800名の動員数だった。
2006年7月には初エッセイ『超オンナ磨き〜美のカリスマIKKOの幸せを呼ぶゴールデンルール』を出版し、「コンプレックスこそオンナ磨きの原点」として、自分の体験から得た誰でもすぐできる実践的なノウハウを伝授、「新・美のカリスマ」と呼ばれる。世界文化社から出版された、「IKKO 女の法則」、「IKKO キレイの魔法」の合計販売数が30万部を突破している。最新刊は、「脱・コンプレックス」IKKO流 美のゴールデンルール(世界文化社)。
韓国観光名誉広報大使の他、同国の化粧品会社「Etude House」のキャンペーンキャラクターも務める等、活躍の場を海外にまで広げている。また、2007年12月には『どんだけ〜の法則』でavexより歌手デビュー。自身が紹介したBBクリーム、コロコロローラーが人気を博す。
2005年より、IKKOプロデュースの振袖ブランドを展開、販売が開始される。古典的な旧き良き日本を活かしつつ、斬新な小物を取り入れるなどの独自の発想が評価されている。
2006年10月より始まったおネエ★MANS(日本テレビ)に出演。一般人にもわかり易くスキンケアやメイク指導したり、芸能人の変身を行うコーナーを主に担当。エマニュエルウンガロやグッチなどのハイブランドを身につけつつも、お茶目な言動で番組を盛り上げた。
2007年の流行語大賞にノミネートされた自身の「どんだけ〜!」は現在も健在。関西にある大学の国文科の授業でとりあげられたり(2009年、2010年)、教材に掲載されたりした。
2009年5月から9月まで行われた全国30箇所ツアーでは、本業であるメイクの部と、語り、エンターテイメントの歌、踊りの部があった。「メイクの部」では、モデルへのメイクアップと共に、客席の中から選んだ一般人へのメイクが行われた。「語り」では自身の半生を振り返り、「積もる雪」と言うテーマで語られた。しかし30箇所全て同じ話ではなく、その時の観客を見て内容は変えられていた。「エンターテイメント」は、自身の持ち歌「どんだけ〜!の法則」や「ウルトラアゲアゲDancing」、「どうにもとまらない」「こまっちゃうな」などがダンスと共に披露された。その模様は、『今日感テレビ(RKB毎日放送)』や、『カウントダウン・ドキュメント 秒ヨミ!(中京テレビ、日本テレビ)』でも放映された。
2009年夏には、大塚製薬主催の「ポカリスエット みんなの全力応援CP」[2]のIKKO賞の講師として、全国6ヶ所をメイク指導に訪れた。2009年8月、「IKKOの女アゲアゲツア〜!」(goomo)というwebサイト上の番組が配信された。
世界文化社から出版された「IKKO女の法則」「IKKOキレイの魔法」両著書が併せて30万部を突破した記念として、2009年8月、BEST HIT賞を受賞する。記念品として、IKKOをイメージしたという妖精をモチーフにした、ラリックのグリザリードというクリスタルのオーナメントが贈られる。お祝いとして各3千部限定で、金帯のつけられた両著書も店頭に並んだ。
2009年9月、著書「IKKOのキレイを磨くin韓国」が、ガイドブックとしては異例の販売15ヶ月で6万部を突破した。達筆で、著作や連載誌には自筆で格言を載せる。2009年9月2日から9月7日まで名古屋栄三越デパートで行われた「IKKO WORLD 美の扉」でも書のみのブースが存在した。また自身がキャラクターを務めたSchick Quattro4 for womenの商品やロッテレモビタのど飴の包装ひとつひとつにIKKO格言がついている。2009年格言付きカレンダーも発売した。
韓国観光名誉広報大使の任命、ソウル観光大賞受賞や、ETUDE HOUSEのプロデュースに携わるなど、韓国コスメを日本に広め、日韓交流の橋渡しをした民間外交官としての活躍が認められた。2009年ソウルにSTAR AVENUE LOTTE TOWNがオープンすると、並み居る韓流スターと肩を並べ、STAR AVENUEに単独ブースIKKOメイクルームが出来たり、等身大のパネルの展示や手型が飾られている。2009年10月には、韓国ETUDE HOUSE店内に、「ドリーミングハウス」というIKKOの軽井沢の別荘をイメージしたミニチュアハウスも完成。
2009年10月1日より開局したDATVのオープニングセレモニーに、2009年10月8日には釜山で行われたアジア最大級の映画の祭典、国際映画祭のオープニングセレモニーに出席。また2009年10月より2010年3月まで、『IKKO’SセキララTV』という自身の単独番組が放映された。
2010年3月19日に福岡PARCO4階に「Pink by IKKO」というセレクトショップをオープン。 一部商品を使ってのデモンストレーションが人気を呼んでいる。また、IKKO本人が来店することもある。この店の制服には、IKKOが幼い頃より憧れていた日本航空(JAL)の制服の一部を改良したスチュワーデス姿が採用されている。
2010年4月28日、「GORGEOUS」という香水をプロデュース、発表する。大の香水好きでも知られ、ファンから同じ香りを纏いたいとの要望が強かったため。キャッチフレーズは、「忘れられない、離れられない。」地域限定ではあるが、「GORGEOUS」香水のCMも放送された。
2010年5月からはトヨタ・パッソのwebサイト上の「ハナ女子大」にて講義を開講。乙女達の悩み解決のために特別講師として出演。
本業のみならずモデルにも挑戦。2007年「神戸コレクション」にオオトリとして出演。2009年「神戸コレクションプリュス」「福岡アジアコレクション」に出演。「神戸コレクションin神戸」の第2回目のシークレットゲストとして出演。2010年「GirlsAward」に出演。
2010年9月に表参道・青山で行われた「VOGUE」主催のFASHION'S NIGHT OUTのオープニングセレモニー内ファッションショーにてオオトリを務める。
2010年10月、自身の経験からも魅力的な自分であるために、メイクアップやスキンケアはもちろん、身体そして心の健康の重要性を説き、幅広い層より圧倒的な支持を得た理由により、『輝く瞳』推進委員会から「瞳の黄金比率」親善大使に任命される。
2011年11月、出身地である福岡県福智町より、観光大使に任命された[3]。
人物
- 美に対するセンスや技術で美のカリスマと呼ばれている。
- 毎日のウォーキングは日課。1日2回、1回あたり7.5Km程でトータル15Km程。余程のことがない限り休まない。「朝のウォーキングでは発想とエネルギーを貰い、夜は一日の反省」と発言。
- 「きものは心の宝」と表現する程のきもの好き。師と仰ぐ池田重子より手ほどきを受け、着物、長襦袢、半襟、帯から帯揚げ、帯留に至るまでこだわる。
- 宝飾品はダイヤモンドを好む。
- 料理の腕はプロ並みで、夕食をスタッフにふるまったりする。自身のwebサイト上やTV番組でも披露する手際の良さや、豊富なアイデア、味つけは評価が高い。その腕前を買われて番組内料理コーナーを担当したりゲストに呼ばれる事も多い。
- 「美と健康のために」と、出来るだけ自炊をしている。手作りの弁当を持って仕事場へ出かける事もある。冷蔵庫内は時間のある時に刻んでおいた野菜等が整然とタッパーに入れて並べられている。
- お気に入りの水はVolvic。朝起きたら必ず飲む。朝の習慣として、青汁と調和酵素も必須。
- 冷え性。対策の為、湯たんぽやストールで躰を保護したり、根生姜を刻んだモノをバッグに入れて持ち歩き、食事の時に調理し食べている。
- 2009年に行われた全国30箇所ツアー時には、会場至る場所に手書きの書を貼った。自身のwebサイトでも全ての公演に対してお礼の自筆の書を発表した。
- 愛犬家。現在は二匹の犬を飼っている。
- ゴミと共存するのが嫌いなため、部屋にはゴミ箱を置かず、ゴミが出ると外に設置してあるゴミ箱へ捨てに行く。また、エコ意識が高く、鼻をかむのにハンカチを使う。
- 口癖は「どんだけ〜?」である。流行語となり若者の間でも使われていた。 「どんだけ〜?」はIKKOの口癖が起源であると思われがちだが、芸能人で最初に使い始めたのはFUJIWARAの藤本敏史で、藤本がバラエティ番組(TBS「リンカーン」)の仕事で行ったゲイバーでその店のママ、ヤス子が使っていた口癖にまず藤本が食いつき面白がって使っていたのをIKKOも使い始め、使用する局面を徐々に拡大&変化させたものである。また、IKKOが手を前に出し人差し指を横に振る動作であるのに対し、元祖であるヤス子ママの動きは下から上に腕を振り上げる動作である。以上により、今日確認できる史料では、「どんだけ〜?」の生みの親は、新宿2丁目のゲイバー「プラチナ」の「やすこママ」であると定義されている。そのためか流行語大賞に選ばれた時にはIKKO本人の口から「このギャグは自分がつくったものではない」と公表している。
- 最近では、「まぼろし〜!」や「おごと〜!」もよくつぶやく。「まぼろし〜!」は、主に現実だと思われたくないコトを言われた時に「それは、まぼろしなのよ!」という意味合いで用い、「おごと〜!」は、元々は福岡の方言で、「おおごと」「大変」「凄い」などの、スペシャルな、最上級のの意味を表す。
- mixiの性別欄は女性と書かれている。
- twitterアカウントは、LOVE_IKKO
- 2010年5月4日放送「カスペ!」(フジテレビ系列)において、パニック障害であることを告白している。独立をした30代頃、プレッシャーから発症した。一旦は治ったが、再発していると語る。他の疾病と併発していてひどい症状になることもあるが、本人は病気と共生していくしかないと述べた。
- 2009年2月27日、韓国の魅力を韓国外へ拡め、また今後も文化体験や広報を同時に行い、益々の発展に貢献してほしいとして、韓国観光名誉広報大使に任命された。
- 2008年5月、韓国の旅行案内書「IKKOのキレイを磨くin韓国」(文藝春秋)を出版。韓国の観光地や食べ物、ショッピング、美容等を日本に紹介した。
- 女性誌では、IKKOが紹介、案内する韓国観光ガイドが別冊付録につけられたり、特集頁として組まれることがある。(MISS、美人百花)
- 韓流好き。きっかけは「冬のソナタ」。以後「私の名前はキム・サムスン」や「エデンの東」など多くの韓国ドラマを見続けている。
- 高橋ひとみとは親友で公私共に親交が深くバラエティ番組や旅番組などでも一緒に共演している。
- ^ 2006年6月11日放送日本テレビ系『いつみても波瀾万丈』より
- ^ みんなの全力応援キャンペーン
- ^ IKKOさんが観光大使に 福智町が任命状2011年11月4日 読売新聞
- ^ IKKOさんらにソウル観光大賞 ソウル市が授賞 産経新聞 2009.6.4
- ^ IKKO、ランウェイ姿“ナオミ・キャンベル”と称され大喜び
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