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イタリアルネサンス

別表記:イタリアルネッサンス

14世紀イタリアで興った芸術学問復興運動200年ほどの間に文芸・学問・芸術など多分野において革命とも言うべき文化的展開が行われ、西洋世界文化精神方向づけた。単に「ルネサンスと言えば普通この出来事を指すが、「再生」や「再興」の意味でルネッサンスと言う例も多いため、区別する意味でイタリアルネッサンスと言うことがある。


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ルネサンス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/31 05:23 UTC 版)

(イタリア-ルネサンス から転送)

ルネサンス: Renaissance 直訳すると「再生」)とは、一義的には、14世紀 - 16世紀イタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化革命あるいは運動を指す。また、これらが興った時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある。

日本では長らく文芸復興と訳されてきたが、(文芸のみでなく広義に使われるため)現在では余り使われない。ルネッサンスとも表記され、通俗的に「復興」「再生」を指す言葉として用いられている場合、例えばコスメティック・ルネッサンス、あるいはカルロス・ゴーン著『ルネッサンス』などは、ルネッサンスと表記されることが多い。現在の歴史学、美術史等ではルネサンスという表記が一般的である。

目次

「ルネサンス」という語

ルネサンス Renaissance という語は「再生」(re- 再び + naissance 誕生)を意味するフランス語で、19世紀のフランスの歴史家ミシュレが『フランス史』第7巻(1855年)に‘Renaissance’という標題を付け、初めて学問的に使用した。続くスイスのヤーコプ・ブルクハルトによる『イタリア・ルネサンスの文化』Die Kultur der Renaissance in Italien(1860年)によって、決定的に認知されるようになった概念である。

ルネサンスに相当する言葉はすでに16世紀から用いられており、ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』に現れた rinascita(再生)の語に直接的な起源があると思われるが、「再生」という意識そのものは、はやくもダンテペトラルカの著作に見られる。

ところで、論者によってルネサンスの定義は、しばしば大きく異なる。文化運動を指す場合と時代区分を指す場合でしばしば混乱が生じる(例えばルネサンス音楽の項目を参照)。ブルクハルトの時代には、ルネサンスは極めて明瞭に区分できると思われていたが、その後、特にゲルマン系学者による中世の再評価が行われた結果、ルネサンスを特徴づけると考えられていた事象(古典古代の文化の復興が最たるものである)の多くが、中世にも存在していたことが明らかになった(12世紀ルネサンスなど)。また、ルネサンスの時代にも、占星術や魔術など甚だ非理性的・非科学的な思考が多く残存していることも明らかにされた。これらによって、中世とルネサンスを明確に峻別することは困難になったのである(中には、「ルネサンス」の存在そのものを否定する研究者もいる)。ルネサンスが近代の始まりなのか、それとも中世の範囲になるのか、という点についても論議が続いている。

ただし、14-15世紀にイタリアを中心に大きな文化運動が起こり、各国に影響を及ぼしたこと自体を否定する論者はいない。本項では、古代ギリシャ・ローマの文献の再発見による学問・知識の復興であり、またヨーロッパにおける文化の再生でもあると捉えておく。イタリア・ルネサンスの時期としてはおおむね14世紀中頃のペスト流行以降、1600年、宇宙の無限性を唱えたブルーノ火刑のあたりまでが想定されるだろう。

ギリシア哲学、イスラム科学との関係

中世=暗黒時代観

従来の一般的な見方は次のようなものである。およそ1000年の間の純粋キリスト教支配のもと、西ヨーロッパ圏では古代ローマ・ギリシャ文化の破壊が行われ、多様性を失うことにより、世界に貢献するような文化的展開をすることはできなかった。こうした見方はルネサンス以前の中世を停滞した時代、暗黒時代とみなすものであるが、現在では古典古代の復興はイタリア・ルネサンスより以前にも見られる現象であることが明らかにされている。

9世紀フランク王国の「カロリング朝ルネサンス」や、10世紀東ローマ帝国の「マケドニア朝ルネサンス」および帝国末期の「パレオロゴス朝ルネサンス」、西ヨーロッパにおける「12世紀ルネサンス」などがあり、これら(複数のルネサンスとも呼ばれる)についてはそれぞれの項目で述べる。

イスラム科学との関係

ギリシアをはじめとする古典的な知の遺産は、そのほとんどがごく短期間のうちにアラビア語に次々と翻訳され、初期のイスラム文化の発達に多大の貢献をもたらしたのだが、そうした知識の継承が一段落ついたかと思う間もなく、新たな翻訳の時代がその幕を明けた。古典的な文献とイスラムの哲学者や科学者たちがそれに加えた注釈が次々とラテン語に翻訳されたことによって、西ヨーロッパの人たちはイスラムが継承、拡充した古典をラテン語で読むことができるようになった。翻訳作業の大半は、イスラム圏とヨーロッパ大陸を繋ぐ中継基地としての役割を担っていた、イスラム支配下のスペインにおいておこなわれたのだが、この作業には、それぞれ出身地を異にするイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒など、数多くの翻訳者集団が参加した。社会と経済の発達の重要性を痛感していた西洋の社会は初期のイスラム社会と同じように、とりわけ、医学をはじめとする科学的な知識を必要としていた。アリストテレスが魂について哲学的考察を加えた『霊魂論』(これにはイスラムの哲学者イブン・ルシュドが注釈をつけている)、イブン・スィーナーが著した『医学典範』、哲学者であるとともに医師であったアル・ラーズィーが著した『アル・マンスールの書』は、いずれも15世紀から16世紀にかけて翻訳されたのだが、これらの作品は、西洋の学生たちにとって必読書であった。ルネサンス期のヨーロッパの学者たちは、膨大な百科全書的なギリシアーイスラム文献に取り組み、こうした文献は、最終的には、あらゆるヨーロッパの言語に翻訳され、印刷技術の飛躍的な革新によってヨーロッパ全土に普及した。[1]




  1. ^ ハワード・R・ターナー、久保儀明訳「図説科学で読むイスラム文化」青土社、2001年 (ISBN 4791758641)


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