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アール・エフ・ラジオ日本

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/17 10:08 UTC 版)

アール・エフ・ラジオ日本
Radio Nippon Co.,LTD.
放送対象地域 神奈川県
系列 独立
略称 RF
愛称 ラジオ日本
コールサイン JORF
開局日 1958年12月24日
本社 〒231-8611
神奈川県横浜市中区長者町5-85
明治安田生命ラジオ日本ビル
演奏所 本社及び東京支社
〒106-8039
東京都港区麻布台2-2-1
麻布台ビル
親局 / 出力 横浜(川崎幸放送局) 1422kHz / D50kW
主な中継局 小田原 1485kHz
公式サイト http://www.jorf.co.jp/
特記事項:番組の殆どは東京支社から放送されている。
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株式会社アール・エフ・ラジオ日本
Radio Nippon Company, Limited
JORF-yokohama.JPG
本社所在地の「明治安田生命ラジオ日本ビル」
2009年平成21年)11月撮影)
種類 株式会社
略称 RF
本社所在地 日本の旗 日本
231-8611
神奈川県横浜市中区長者町5丁目85番地 (明治安田生命ラジオ日本ビル)
設立 1958年昭和33年)8月15日
(株式会社ラジオ関東として設立)
業種 情報・通信業
事業内容 一般放送事業 など
代表者 代表取締役社長:新井修一郎
資本金 1億円(2010年4月1日現在)
売上高 21億8838万円(2010年3月期)
営業利益 5744万円(2010年3月期)
純利益 8464万円(2010年3月期)
純資産 9億7166万円(2010年3月31日時点)
総資産 30億1227万円(2010年3月31日時点)
従業員数 38人(2010年4月1日現在)
決算期 3月
主要株主 日本テレビ放送網 45.26%
三菱商事 19.14%
東芝 14.29%など
主要子会社 ラジオ日本クリエイト
ラジオ日本音楽出版
関係する人物 河野一郎
遠山景久
小林與三次
外部リンク http://www.jorf.co.jp/ (日本語)
特記事項:1981年昭和56年)10月1日に株式会社ラジオ関東から商号変更。
同局では、送信所中継局放送局と称する。
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ラジオカー「浜っ子・浜太郎」(シボレー・アストロ

株式会社アール・エフ・ラジオ日本(アール・エフ・ラジオにっぽん)は、神奈川県にあるラジオ放送局。通称はラジオ日本1422ラジオ日本(いちよんにーにーラジオにっぽん)。旧社名はラジオ関東

目次




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  1. ^ 特に岐阜放送とは綿密に交換している
  2. ^ 基本的に東京のスタジオから送出している番組に限る(但し、ジングルや効果音はモノラルの場合がある)、スポーツ中継ではモノラル配信となる。
  3. ^ 東京ヴェルディに関しては、2009年(平成21年)の日本テレビ資本撤退以降もスポンサーを続けている
  4. ^ イベントでラジオ日本が出展するブースには、決まって自慢の洋盤ジャケットコレクションが掲示される。
  5. ^ 「社会の木鐸」宣言以前は、愛川欽也榊原郁恵三橋美智也らがDJの、平日夜10時からの「電撃ワイド・ウルトラ放送局」がかなり話題になるなど、若年層向けの番組では、他局にひけをとらない人気があった。演歌歌手の三橋は初DJでノリ良い意外な一面を見せ、「フィーバー・フィーバー」の掛け声がカップラーメン「激めん」(東洋水産CMにも用いられて”ミッチーブーム”を起こした。
  6. ^ 「QJ」63号、p125。
  7. ^ この影響で『林原めぐみのHeartful Station』が開始間もない1991年(平成3年)7月に突如打ち切り(制作局を同局と関係の深いラジオ関西に移し、ラジオ日本以外で番組を続行)になった(林原めぐみ『明日があるさ』学研、p58。ただし本文では局名は伏せられている)。
  8. ^ 本人が遅刻するにも関わらず、取締役会は定時に開催すべしとの遠山からの連絡を受け、その間に緊急発議で実現した解任劇だった。
  9. ^ 花輪如一「ラジオの教科書」データハウス、p290-299
  10. ^ 周波数が隣接するKBCラジオ (1413kHz)、ぎふチャン (1431kHz) などの放送区域では、夜間でも地元局が停波しない限り、ほぼ受信不可能である。
  11. ^ kc(キロサイクル)は現在のkHz(キロヘルツ)と同義。
  12. ^ 看板番組のプロ野球中継でも、一部の曜日で大阪の毎日放送 (MBS) とネットワークを組んでいた( - 1965年(昭和40年))。
  13. ^ 毎日新聞社は、1951年(昭和26年)に『ラジオ日本』なる名称で民間放送の開局を目指していたが、読売放送(読売新聞社系)、朝日放送(朝日新聞社系、大阪に現存する同名の放送局とは別法人)、東京放送(電通系)の競願各社と行政指導で一本化され、『ラジオ東京』(後に東京放送、現在のTBSラジオ)として開局した。当然ながら計画頓挫したこの『ラジオ日本』と、現在のアール・エフ・ラジオ日本は別物。
  14. ^ 毎日新聞社系列のRKB毎日放送福岡県)が、東京支社に設置したスタジオの有効利用と関東地区への進出を目的に、神奈川県域放送での免許出願に向けて動いていた。結局、現在のアール・エフ・ラジオ日本に繋がる他社との競願に破れる形となり、RKBは関東地区進出を果たせずに終わってしまった。
  15. ^ 局名公募はあくまで表向きで、実際には当時の遠山景久社長の強い意向だった。中吊り広告などで「決定的瞬間 ラジオ日本誕生」と広告していた(10月以降、テレビCMも放送された)が、長年NHK国際放送に「ラジオ日本(ニッポン)」の名を用いており、世界的に知名度が高かったため、NHKが善処を申し入れたものの、遠山が拒否した。やむなくNHKは、「ラジオ日本(ニッポン)」を1981年(昭和56年)5月商標登録出願し、遠山に「ラジオ日本(ニッポン)」の名称使用を禁じた。更にニッポン放送も、名称が酷似して聴取者を混乱させると不正競争防止法違反で告訴したため、苦肉の策として社名の頭にコールサインの一部である「アール・エフ (RF) 」を付けざるを得なくなった。なお前述の広告でも、一部でニッポン放送の社名変更と勘違いされていた。


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