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アンニア・ガレリア・ファウスティナ・ミノル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/03/27 03:53 UTC 版)
アンニア・ガレリア・ファウスティナ・ミノル(Annia Galeria Faustina Minor, 125年2月12日 - 175年)は、第15代ローマ皇帝アントニヌス・ピウス(在位:138年 - 161年)の長女で、皇妃ファウスティナ・マイヨル(大ファウスティナ)の娘。母と同名であることからファウスティナ・ミノル(小ファウスティナ)と呼ばれた。
父の命により従兄である第16代皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスと結婚、皇女ルキアと皇太子コンモドゥスの姉弟を儲けた。
歴史家たちからは、ローマにおける理想的な女性像との違いから否定的に記述される場合が多い。しかし国の要である軍団兵の間では絶大な人気があり、父アントニヌスや夫アウレリウスからも深く愛され、死後に神殿に女神として祀られた。
- 1 アンニア・ガレリア・ファウスティナ・ミノルとは
- 2 アンニア・ガレリア・ファウスティナ・ミノルの概要
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