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アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/15 15:36 UTC 版)
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| 名前 | |||||||
| 本名 | アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス | ||||||
| 愛称 | アレ | ||||||
| ラテン文字 | ALEX Antonio De Melo Santos | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1983年4月16日(29歳) | ||||||
| 出身地 | |||||||
| 身長 | 172cm | ||||||
| 体重 | 69kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | 鹿島アントラーズ | ||||||
| ポジション | DF | ||||||
| 背番号 | 5 | ||||||
| 利き足 | 左足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月23日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス(ALEX Antonio De Melo Santos、1983年4月16日-)は、ブラジル出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー登録(左サイドバック)だが、ミッドフィールダーやフォワードもこなす。通称、登録名はアレックス。
同じくサッカー選手のアランは、双子(一卵性双生児)の兄である。
目次 |
来歴
クルゼイロECの所属時代は攻撃的な選手であり、初来日した2002年の川崎フロンターレでもFWで起用されていたが、翌2003年のアビスパ福岡移籍後に、当時監督の松田浩が左サイドバックにコンバート。以降このポジションが定位置になった。2006年は得点力不足のチーム事情により、主に試合途中からフォワードを務めることもあったが、松田浩から川勝良一に監督が交代してからは再び左サイドバックに固定された。
2007年はピエール・リトバルスキー新監督の下、再び攻撃的なポジションでプレー。開幕戦では2ゴールを挙げるなど、好スタートを切り攻撃の中心選手としてのみならず得点源としてもチームに大きく貢献、J2得点ランク2位となる26得点をあげた。しかし、福岡はJ1昇格を逃し、シーズン後の交渉で合意に至らず福岡を退団。柏レイソルへ移籍した。
2009年から、柏と同じ千葉県のクラブであるジェフユナイテッド市原・千葉へ移籍。2シーズンを過ごした。
所属クラブ
- 1996年 - 2001年
クルゼイロEC - 2002年
川崎フロンターレ - 2003年 - 2007年
アビスパ福岡 - 2008年
柏レイソル - 2009年 - 2010年
ジェフユナイテッド市原・千葉 - 2011年 -
鹿島アントラーズ
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固有名詞の分類
| ブラジルのサッカー選手 |
ジョゼ・エリ・デ・ミランダ ジョゼ・リカルド・ドス・サントス・オリベイラ アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス アラン・ドイス・サントス・ナチビダデ ジョゼ・ロブソン・ド・ナシメント |
| アビスパ福岡の選手 |
多久島顕悟 ゾルタン・サボ アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス 米田兼一郎 ウェリントン・カッツォル・デ・オリベイラ |
| 柏レイソルの選手 |
柱谷幸一 田ノ上信也 アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス パベル・バデア 清水健太 |
| 川崎フロンターレの選手 |
加賀見健介 佐原秀樹 アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス 楠神順平 杉浦恭平 |
| 鹿島アントラーズの選手 |
曽ヶ端準 アレシャンデル・ペレイラ・カルドーゾ アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス 當間建文 大谷昌司 |
| ジェフユナイテッド市原・千葉の選手 |
高田健吾 池田昇平 アレックス・アントニオ・デ・メロ・サントス エウヴァウド・ジョゼ・デ・アグイアール・ネット トル・ホグネ・オーロイ |