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アルマダの海戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/03/26 22:15 UTC 版)

アルマダの海戦
英西戦争
Loutherbourg-Spanish Armada.jpg
アルマダの海戦を描いた『無敵艦隊の敗北』(Defeat of the Spanish Armada)フィリップ・ジェームズ・ド・ルーテルブール (en画、1797年
1588年7月31日-8月8日(旧暦7月21日-7月29日)
場所 英仏海峡プリマス沖ポートランド沖ワイト島沖、グラヴリンヌ沖 (en
結果 イングランド、オランダの勝利
衝突した勢力
イングランドの旗 イングランド王国
ネーデルラント連邦共和国の旗 ネーデルラント連邦共和国
 スペイン
  • ポルトガル ポルトガル王国 (en
指揮官
チャールズ・ハワード (en
フランシス・ドレーク
メディナ=シドニア公
戦力
軍艦34隻[1]
武装商船163隻
(200トン以上30隻)[1]
快速船 (en30隻
軍艦28隻
武装商船102隻
被害者数
アルマダの海戦:
戦死50–100人[2]
戦傷400人
火船8隻焼失[nb 1]
戦病死:
数千人[3]
アルマダの海戦:
戦死600人以上
戦傷800人[4]
捕虜397人
喪失9~11隻[5][6]
遭難と戦病死:
難破・行方不明54隻[5]
死者20,000人[7]

アルマダの海戦(アルマダのかいせん、英語: Spanish Armadaスペイン語: Grande y Felicísima Armada)は、スペイン無敵艦隊イングランド侵攻において、1588年7月から8月(旧暦7月)に英仏海峡で行われた諸海戦の総称。

スペインとイングランドとの関係は宗教問題やイングランドのネーデルラントへの介入によって悪化しており、また、イングランド私掠船によるスペイン船や入植地に対する海賊行為もスペイン王フェリペ2世が侵攻を決意した要因の一つにあげられる。

1588年5月、メディナ・シドニア公率いる約130隻のスペイン無敵艦隊がリスボンを出発した。無敵艦隊は7月末から8月初め(旧暦7月)に行われた一連の海戦の後のグラヴリンヌ沖海戦でイングランド艦隊に敗北して作戦続行を断念し、北海方向へ退避した。無敵艦隊はスコットランドアイルランドを迂回して帰国を目指すも、悪天候によって大損害を蒙ってしまい、結局スペイン本国に帰還できたのは約半数の67隻だった。死傷者は2万におよび、スペイン衰退の予兆となった[8]。ただし、この戦いの後イングランドは反攻作戦に失敗して戦争の主導権を失い、一方、スペインは艦隊を再建して制海権を守り通しており、戦争は1604年にスペイン側有利で終わっている。イギリス(=イングランド)が海洋覇権国家となるのにはまだ長い年月を必要とした[9][10][11]

広く知られる「無敵艦隊」の名称はスペイン語Armada Invencibleの訳で、スペイン海軍のC・F・ダロ大佐が1884年に著した論文の題名が原典とされている[nb 2]。イングランド側視点での歴史書では、“the Invincible Armada”の名称が揶揄的な表現として稀に用いられている[12]。本国スペインにおいては、「最高の祝福を受けた大いなる艦隊」「至福の艦隊」(Grande y Felicísima Armada)と呼ばれていた。中立な視点からは、英語の文脈ではSpanish Armadathe Armadaなどと呼ぶ[nb 3]

なお、両国での暦が異なる(当時イングランドはまだグレゴリオ暦を採用していない)ため、記録上の日付も異なっている。日付はスペイン側のグレゴリオ暦とイングランド側の旧暦(ユリウス暦)を併記する。

目次


注釈

  1. ^ ウィンターからウォルシンガムへの書簡によると火船はドーバーから徴発したのではなく艦隊のものを使用していた。(John Knox Laughton,State Papers Relating to the Defeat of the Spanish Armada, Anno 1588, printed for the Navy Records Society, MDCCCXCV, Vol. II, pp. 8–9)
  2. ^ 小林幸雄は、本当ならば無敵であったはずという慨嘆と哀悼の意を題名に込めたのではないかとしている。
  3. ^ armadaそのものはスペイン語の普通名詞で、これに相当する英語はnavyである。ただしヨーロッパの言語では、ある国独特の組織・地位などを半ば固有名詞的に指す場合には、その国の言葉をそのまま用いる習慣がある。Czar(ロシア皇帝)、Shogun江戸幕府の将軍)など。
  4. ^ スペイン視点からこの戦いを論じた『アルマダの航海-スペインの物語』(1981年)の著者ディヴィット・ハワースは通説である粗悪な樽材による水食糧の被害を疑問としている。(海野(1985),pp.175-176)
  5. ^ 当初、船隊旗艦はサンタ・アナ号(Santa Ana)だったが、リカルデ提督はサン・ファン号に乗り換えている。(石島(1981),p.116)
  6. ^ これはメディナ=シドニア公の証言で、パルマ公は準備はできていたと主張している。ルイス(1996),pp.194-196
  7. ^ 用例:谷恒生『超・帝国無敵艦隊』(勁文社、1993年)や霧島那智『上杉謙信の野望―北の無敵艦隊』(青樹社、2001年)など
  8. ^ 用例:村松尚登(2010)『スペイン代表「美しく勝つ」サッカーのすべて---“無敵艦隊”の強さを徹底分析! 』、河出書房新社、ISBN 978-4309271712

出典

  1. ^ a b c Colin&Parker(1999),p40.
  2. ^ Lewis(1968),p.184.
  3. ^ a b ルイス(1996),pp.233-237
  4. ^ Lewis(1968), p. 182
  5. ^ a b c d e f 石島(1981),p.274
  6. ^ a b ルイス(1996),p.215
  7. ^ Lewis(1968),pp.208-9
  8. ^ Yahoo!百科事典『3. 黄金時代』マイペディア 無敵艦隊【むてきかんたい】
  9. ^ a b 荒川(2006),p.80
  10. ^ a b 小林幸雄(2007),pp.124-125
  11. ^ a b 小林一宏(1994),p.126
  12. ^ 小林幸雄(2007),p.122
  13. ^ 海野(1985),pp.165-166
  14. ^ 海野(1985),p.167
  15. ^ Hart,pp.28–32
  16. ^ “The Spanish Armada”. Catholic Encyclopedia. New York: Robert Appleton Company. (1913). http://en.wikisource.org/wiki/Catholic_Encyclopedia_(1913)/The_Spanish_Armada. 
  17. ^ ルイス(1996),p.66
  18. ^ ルイス(1996),pp.66-68
  19. ^ 荒川(2006),p.68
  20. ^ 石島(1981),pp.45-59
  21. ^ 石島(1981),pp.63-69
  22. ^ 石島(1981),p.68
  23. ^ ルイス(1996),p.75
  24. ^ ルイス(1996),p.72
  25. ^ ルイス(1996),p.80
  26. ^ ルイス(1996),p.87
  27. ^ 荒川(2006),pp.70-71
  28. ^ a b ルイス(1996),p.92
  29. ^ a b c d 外山(1981), p.186
  30. ^ a b c 外山(1981), p.185
  31. ^ 石島(1981),p.86
  32. ^ ルイス(1996),pp.51-53
  33. ^ 荒川(2006),p.69
  34. ^ 石島(1981),p.87
  35. ^ 外山(1981), p.180
  36. ^ a b 荒川(2006),p.73
  37. ^ 石島(1981),p.96
  38. ^ The English Mercurie published by Authoritie Whitehall July 23, 1588, Imprinted at London by Chriss Barker, Her Highnesse's Printer, 1588, p.3
  39. ^ 荒川(2006),p.70
  40. ^ 荒川(2006),p.72
  41. ^ 海野(1985),pp.178-179
  42. ^ http://britishbattles.com/spanish-war/spanish-armada.htm
  43. ^ Colin&Parker(1999),p.185.
  44. ^ 石島(1981),p.77
  45. ^ ルイス(1996),pp.148-149
  46. ^ 荒川(2006),pp.74-75
  47. ^ ルイス(1996),pp.150-152
  48. ^ 外山(1981), p.187
  49. ^ ルイス(1996),pp.159-161
  50. ^ 荒川(2006),p.75
  51. ^ ルイス(1996),p.161
  52. ^ ルイス(1996),pp.166-167
  53. ^ ルイス(1996),p.168
  54. ^ 荒川(2006),p.76
  55. ^ ルイス(1996),p.182
  56. ^ a b 荒川(2006),p.76
  57. ^ ルイス(1996),pp.190-191
  58. ^ 海野(1985),pp.190-192
  59. ^ 荒川(2006),p.77
  60. ^ 海野(1985),p.188
  61. ^ a b c 外山(1981), p.192
  62. ^ Hellburners (PDF, 143 KiB).
  63. ^ ルイス(1996),p.199
  64. ^ ルイス(1996),pp.201-202
  65. ^ ルイス(1996),pp.203-207
  66. ^ 荒川(2006),p.77
  67. ^ ルイス(1996),p.202
  68. ^ Coote(2003),p.259
  69. ^ 荒川(2006),p.70
  70. ^ 石島(1981),p.153
  71. ^ 石島(1981),p.154
  72. ^ ルイス(1996),p.211
  73. ^ ルイス(1996),p.217
  74. ^ 石島(1981),p.155
  75. ^ ルイス(1996),p.214
  76. ^ 荒川(2006),p.78
  77. ^ Damrosh, David, et al. The Longman Anthology of British Literature, Volume 1B: The Early Modern Period. Third ed. New York: Pearson Longman, 2006
  78. ^ ルイス(1996),pp.247-248
  79. ^ ルイス(1996),p.251
  80. ^ a b ルイス(1996),p.249
  81. ^ ルイス(1996),pp.252-258
  82. ^ Mattingly(1959),p.369
  83. ^ Churchill(1956),p.130.
  84. ^ 石島(1981),p.175
  85. ^ 石島(1981),p.175
  86. ^ 荒川(2006),p.79
  87. ^ SparkNotes: Queen Elisabeth – Against the Spanish Armada
  88. ^ 石島(1981),p.177
  89. ^ ルイス(1996),p.274
  90. ^ 石島(1981),p.181
  91. ^ ルイス(1996),pp.274-275
  92. ^ Newman&Johnson&Jones(1985),pp93–109
  93. ^ Parker(1996),p.273.
  94. ^ 石島(1981),pp.217-219
  95. ^ 石島(1981),pp.223-227
  96. ^ 石島(1981),pp.232-234
  97. ^ 石島(1981),pp.235-242
  98. ^ Holmes(2001),p.858
  99. ^ a b 石島(1981),p.269
  100. ^ ルイス(1996),p.50
  101. ^ ルイス(1996),pp.43-44
  102. ^ ルイス(1996),p.84







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