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アユタヤ日本人町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/30 01:57 UTC 版)
(アユタヤ日本人街 から転送)
アユタヤ日本人町(アユタヤにほんじんまち)は14世紀中ごろから18世紀頃までアユタヤにあった日本人町。15世紀後半から16世紀初頭までアユタヤ王朝下、軍事力と貿易による利潤を背景に政治的に力を持つようになった。当時のアユタヤ中心地をチャオプラヤー川沿いに南に下った西岸にあり、ポルトガル人街とは相対の位置にあった。南北約570メートル、230メートルの敷地に最盛期で1000~1500人の日本人(タイ族などの使用人を除く)が住んでいたと思われている。なお『暹羅国風土軍記』の資料では寛永期ごろのアユタヤ日本人町の人口を8000人と見積もっている。アユタヤ日本人町の住民は、傭兵、貿易商、キリシタン、あるいは彼らの配偶者やタイ族の使用人などで構成されていた。
- 1 アユタヤ日本人町とは
- 2 アユタヤ日本人町の概要
- 3 参考文献
固有名詞の分類
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