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アメリカ連合国陸軍の将軍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/10/11 22:05 UTC 版)
アメリカ連合国陸軍の将軍(アメリカれんごうこくりくぐんのしょうぐん。英: Confederate States Army Generals)は南北戦争(1861年-1865年)でアメリカ連合国陸軍(南軍)に仕えた上級軍隊指導者である。彼らは多くが南北戦争以前にアメリカ合衆国陸軍の元士官であり、それ以外の者はその利点に基づいてあるいは要求される必要性に応じて階級を与えられた。南軍将軍の大半がアメリカ連合国議会からの確認を必要としたのは、現代のアメリカ軍で将軍になることを見込まれる者への対応とほぼ同じである。
アメリカ連合国軍すべてと同様にこれらの将軍達はその文民指導者、特にアメリカ連合国大統領にして、連合国の陸軍、海軍および海兵隊の総司令官であるジェファーソン・デイヴィスに対して責任を負った。
- ^ a b c d e f Eicher, p. 23.
- ^ Eicher pp. 24-5. このことはアメリカ連合国がその軍隊の規則としてアメリカ合衆国の「陸軍の規則と規定」を採用し、その本文中の「アメリカ合衆国」を「アメリカ連合国」に置き換えただけという事実から起こっていた。
- ^ Eicher, p. 23. 現実的に、アメリカ連合国陸軍の任官は多くの場合、アメリカ陸軍での元の任官よりも1階級高かった。暫定アメリカ連合国陸軍の場合は、南軍に組み入れられる志願兵部隊の大きさによって示唆される程度にまで任官されるのが通常だった。
- ^ Dupuy, p. 190.
- ^ a b Eicher, p. 24.
- ^ Wright, p. 9. Confederate Congress Act of 16 May, 1861, section 2.
- ^ a b Eicher, p. 25
- ^ a b c d e f g h i Eicher, p. 807.
- ^ Eicher, p. 817.
- ^ a b Eicher, p. 810.
- ^ Eicher, pp. 808-9.
- ^ Wright, p. 13. Confederate Congress Act of 31 May, 1864.
- ^ a b c d e f Eicher, pp. 787-8.
- ^ Eicher, p. 808.
- ^ 「フル・ジェネラル」という幾分正しくない用語は非公式だが、現代の軍事文献では通常に使われている。大佐を「フル・カーネル」や「バード・カーネル」と呼んで中佐(リューテナント・カーネル)と区別するのもよくある例である。
- ^ Eicher, p. 787.
- ^ a b c d Eicher, p. 69.
- ^ Wright, p. 12.
- ^ Eicher, p. 141.
- ^ Wright, p. 13. Confederate Congress Act of 31 May, 1864.
- ^ Eicher, p. 303.
- ^ Wright, p. 13. Confederate Senate Resolution, 16 March, 1865.
- ^ Eicher, p. 26.
- ^ Eicher, p. 70.
- ^ Eicher, p. 69. 当初の制服に関する規定は准将のみが議会に承認されたときに発せられた。これらの規定は後日高位の階級が承認されたときに再発行されることは無かった。
- ^ Katcher, p. 60.
- ^ Foote, p.1040. 583人の北軍将官の中で47名が戦死した。425名の南軍将官の中で77名が戦死した
- ^ Dupuy, p.346. 「優秀な旅団長であり師団長だったが、それより大きな部隊の指揮ができる者ではなかった。」
- ^ Dupuy, p. 597. 「その能力はファイブフォークスで示されたようにより大きな部隊には合っていなかった。」
- ^ Dupuy, p. 244. 「しかし彼のように行動不能となりながら実戦で長い時間を過ごしたことは南部の有能な指導者が足りなかった指標だった。」
- ^ Dupuy, p.406.
- ^ Warner, p. 193.