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アマリン
| 分子式: | C21H26O7 |
| 慣用名: | アマリン、Amarin、2-Acetoxymethylpropenoic acid (3aR,4S,6E,10Z,11aR)-2,3,3a,4,5,8,9,11a-octahydro-10-hydroxymethyl-6-methyl-3-methylene-2-oxocyclodeca[b]furan-4-yl ester |
| 体系名: | 2-アセトキシメチルプロペン酸(3aR,4S,6E,10Z,11aR)-2,3,3a,4,5,8,9,11a-オクタヒドロ-10-ヒドロキシメチル-6-メチル-3-メチレン-2-オキソシクロデカ[b]フラン-4-イル |
2,4α,5α‐トリフェニル‐2‐イミダゾリン
| 分子式: | C21H18N2 |
| 慣用名: | アマリン、Amarine、(4α,5α)-4,5-Dihydro-2,4,5-triphenyl-1H-imidazole、2,4α,5α-Triphenyl-2-imidazoline、2,4β,5β-Triphenyl-2-imidazoline、(4R)-2,4α,5α-Triphenyl-2-imidazoline、(4S,5R)-2,4,5-Triphenyl-2-imidazoline、トリフェニルイミダゾリン、Triphenylimidazoline、(4R,5S)-2,4,5-Triphenyl-2-imidazoline |
| 体系名: | 4,5-ジヒドロ-2,4β,5β-トリフェニル-1H-イミダゾール、4,5-ジヒドロ-2,4α,5α-トリフェニル-1H-イミダゾール、(4β,5β)-2,4,5-トリフェニル-2-イミダゾリン、(4α,5α)-2,4,5-トリフェニル-2-イミダゾリン、(4α,5α)-4,5-ジヒドロ-2,4,5-トリフェニル-1H-イミダゾール、2,4α,5α-トリフェニル-2-イミダゾリン、2,4β,5β-トリフェニル-2-イミダゾリン、(4R)-2,4α,5α-トリフェニル-2-イミダゾリン、(4S,5R)-2,4,5-トリフェニル-2-イミダゾリン、(4R,5S)-2,4,5-トリフェニル-2-イミダゾリン |
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小袖海岸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/07 21:02 UTC 版)
(アマリン から転送)
小袖海岸(こそでかいがん)は、岩手県久慈市の久慈湾南東部に位置する海岸および景勝地。陸中海岸国立公園および久慈海岸平庭県立自然公園に指定されている。
目次 |
概要
玉ノ脇川河口(地図)から小袖漁港の西側(地図)までが自然公園法第20条に基く特別地域(参照)に指定されている[1]。当地は、旧・南九戸郡久慈町(現・久慈市中心部)と、旧・南九戸郡宇部村(現・久慈市の一部)の小袖漁村とに挟まれた、旧・南九戸郡長内町(現・久慈市の一部)[2]の海岸部にあたり、岩手県道268号野田長内線が貫く。
海岸段丘の段丘崖、花崗岩の岩礁、海食洞などと自然の植生が織り成す風景が観光客を呼び込んでおり、特につりがね洞(地図)が著名となっている。なお、かつてのつりがね洞は洞穴の中に釣鐘型の岩がぶら下がっていたが、1896年(明治29年)6月15日に発生した明治三陸地震に起因する三陸大津波で消失した。
当地の漁業では、サケの定置網漁およびはえ縄漁、こうなごの敷き網漁などが行われている[3]。漁業集落は、二子(ふたご。地図)、大尻(おおじり。地図)、小袖(地図)が点在してあるが、漁港周辺に低地が少ないため、現在の各集落は海岸からやや離れた海岸段丘上に展開している。小袖漁村の東側に続く海岸一帯は三崎と呼ばれる地区で、小袖海岸と同様に同園の特別地域に指定されている[1]が、現在は旧・南九戸郡宇部村久喜(地図)まで漁村はない。
大尻・小袖・久喜の各漁村において素潜り漁が行われており、「北限の海女」の名称で広く知られている。
北限の海女
名称
当地の海女は、小袖海岸地区(旧・南九戸郡長内町および宇部村。現・久慈市の一部)では、素潜り漁をしている様から「もぐり」と呼ばれている[4]が、市街地(旧・南九戸郡久慈町。現・久慈市中心部)では、採捕した海産物を担いで山道を越えて来て「三・八まぢ市日」などで売っていた様から「かつぎ」と呼ばれている[5]。
1959年(昭和34年)11月27日に当地の海女を題材にしたラジオドラマ「北限の海女」が放送されたことにより、その題名が当地の海女を指す名称として用いられるようになった[4]。題名は原作者の水木洋子が名付けたものである[4]が、素潜りで伝統的に海女漁が行われているのは世界中で日本と韓国のみであり[6]、その中でも最北端にいる当地の海女は、日本のみならず世界的に見ても「北限の海女」である。
第一次産業
小袖海岸における採捕による沿岸漁業では、ウニ(夏)、アワビ(冬)、海藻などが見られる。これらを採捕対象とする磯漁業では、全国的には漁船から箱めがねと鈎棒で採捕するのが一般的であるが、当海岸は海岸段丘となっており、海岸から数百mは海蝕によって地形が複雑な上、外洋に面しているため波や流れも複雑であることから採捕しながらの操船は困難であり、潜って採捕する方が効率が良い[7]。そのため、漁船からの採捕はそれより沖合いの定常的な波の水域で行われている[7]。このような漁法の違いから、潜った方が効率が良い水域では海女が、漁船を用いた方が効率が良い水域では男性漁師が漁を行うという、男女による住み分けが当地では出来た[7]。他方、採捕対象の資源保全(種苗放流や養殖)に関しては、男女の別は特に無い。
久慈市には大尻・小袖・久喜の各地区に海女がいるが、第一次産業としての海女漁は衰退し、ほとんどが観光(第三次産業)用とされる[8]。そのため、久慈漁港の貝類の水揚げ高12トン(2000年)[9]のうち、海女漁による寄与は小さいと見られる。
なお、久慈市の北に隣接する九戸郡洋野町種市では、冬季のアワビ素潜り漁をウェットスーツを着た男性漁師が行っている[10]。また、1898年(明治31年)の種市沖での貨客船名護屋丸座礁を機に千葉県の「房州もぐり」が伝わって「南部もぐり」が始まり[11]、その伝統を基に1952年(昭和27年)12月に「岩手県立久慈高等学校定時制種市分校潜水科」が設置されて[11]現在でも国内で潜水夫を養成している唯一の高校として続いている[12]など、久慈市と隣接しながらも海に潜るのは主に男性となっている。
第三次産業
当地の海女漁は世界的に見ても北限で行われているという稀少性があるため、「北限の海女」のキャッチコピーを用いて観光(第三次産業)用の海女漁がウニの漁期である7月1日から9月30日まで小袖漁港で行われている。
久慈市漁業協同組合小袖支所の「小袖北限の海女の会」(会長は男性漁師、副会長は海女)が漁業権および興行権を持ち、久慈市役所産業振興部が広報マネジメントを担当し[13]、当会に入会している海女がプロとして、伝統的な海女姿で観覧有料の素潜り漁実演を行っている。また、地元の高校生が結成している「北限の海女クラブ」も、アマチュアの海女としてイベントで実演を披露している。
実演を行うポイントは小袖漁港にある「小袖海女センター」(地図)付近の海であるが、水深が7-8mと、ウニの漁場としては深い方であるため、一定以上の技術が必要となっている[5]。なお、当地で採捕されるウニ(当地ではカゼと呼ばれる)は、約9割がキタムラサキウニで、約1割がエゾバフンウニである[14]。
恒例のイベントとして、8月第1日曜日に「北限の海女フェスティバル」が開催されている。2009年(平成21年)には、「かわいすぎる海女」効果(#歴史参照)により、シルバーウィーク中の9月最終日曜に「北限の海女☆感謝祭」を初開催した。
上述のように、北限の海女は久慈市の観光の目玉の1つであるため、各地で開催される観光物産展などに海女姿で参加したり、久慈市の物産の販売促進ポスター[15][16]や観光ポスターなどに登場する例がしばしば見られる。
アマリン
アマリンは、北限の海女のマスコットキャラクター。観光素潜り実演の際の衣装を着た海女が2頭身にデフォルメされている。イラストと着ぐるみがある。
名称は公募され、2010年(平成22年)8月1日に開催された「第21回北限の海女フェスティバル」にて命名式が行われた[17]。
服装・道具
かつて、素潜り漁の際には上半身が裸、下半身が水着で行っていた。一方、磯で海草を採取する際にはかすりはんてんなどを着て行っていた。
1956年(昭和31年)に小袖海岸に道路が通じて地区外の者も容易に地区内に入れるようになり、さらに1959年(昭和34年)11月のラジオドラマ「北限の海女」のヒットで観光客の注目を浴びるようになると、素潜り漁でもかすりはんてんなどを着たまま行う着衣水泳に変化した。
1961年(昭和36年)から日本での海人(海女)用ウェットスーツの普及が始まる[18]が、夏でも海水温が18℃以下の当地でも第一次産業の素潜り漁ではウエットスーツ姿も見られるようになった[7]。
観光(第三次産業)用の素潜り実演では、着衣水泳化した昭和30年代頃の海女姿にならった服装を用いている。すなわち、フゴミと呼ばれる袴(白の短パン)を履き、かすりはんてんを着て赤い帯で締め、白手袋(軍手)と白足袋を付けて、頭に手ぬぐいをした後に磯メガネ(松島メガネ)をしている。さらに、ウニの採捕道具のソエカギ(磯カギ)を持ち、採捕したウニを入れるヤツカリ(腰につける網の袋)[5]を着けて素潜り実演を行う。
歴史
江戸時代の小袖海岸は、八戸藩と盛岡藩(両藩とも南部氏)の藩境の地だった(長内村と宇部村との間に藩境があったようである)[19][20]。
1871年(明治4年)に廃藩置県が行われて体制弛緩が起きると、幕藩体制下での漁業における既得権益も揺らぎ始め、旧来の漁民以外から新規参入する者が現れ始めた(沿岸漁業・漁業権など参照)。このような時代背景によって明治時代から、当地(旧・南九戸郡宇部村。1889年(明治22年)4月1日成立。現・久慈市の一部)でも夫が出稼ぎに出る一方で、ほぼ全世帯の妻らが干潮時の磯で海草を採取したり、素潜りでウニやアワビを採捕したりするようになった[21]。また、素潜り漁する女性たちは、宇部村で「もぐり」と呼ばれるようになった[4]。
採捕した海産物は家庭内で消費されるほか、旧・南九戸郡久慈町(1889年(明治22年)4月1日成立。現・久慈市中心部)で300年以上続く市である「三・八まぢ市日」(地図。毎月3と8のつく日に開かれる六斎市)[22]などに持ち込んで売っていた。女性たちは漁船を所有していなかったため、重い海産物をかついで、宇部村から久慈町まで10km以上に及ぶ三陸海岸沿いの山道を、市日が始まる早朝までに着けるよう夜通し歩いて運んでいた[23]が、その姿から「かつぎ」とも呼ばれるようになった[5]。
1954年(昭和29年)11月3日に宇部村は久慈町などと合併して久慈市となる。1956年(昭和31年)には旧・久慈町と旧・宇部村などを結ぶ道路(岩手県道268号野田長内線)が小袖海岸に通じ、市日通りまでの道程は約9kmに短絡され、自動車で約20分の距離となった。
1959年(昭和34年)11月27日の22:10から23:00まで、NHKラジオ第1放送においてラジオドラマ「北限の海女」(原作:水木洋子、出演:荒木道子・原泉・賀原夏子)が放送された[24][25]。「ひめゆりの塔」「裸の大将」「浮雲」などの名作の脚本を手がけた水木の絶頂期に放送された同作品は全国的な人気を博し、同年度の第14回芸術祭賞を受賞すると同時に、北限の海女が全国に知られるきっかけとなった[26]。また、同作品により観光客の注目を浴びるようになると、それまで上半身は裸、下半身は水着で漁を行っていた海女たちは着衣水泳に変化した。
小袖海岸は、1961年(昭和36年)に久慈海岸平庭県立自然公園に指定され、1971年(昭和46年)1月22日に陸中海岸国立公園に編入[27]された。
1982年(昭和57年)に東北新幹線、1984年(昭和59年)に三陸鉄道が開業すると、観光客の増加が見られるようになり[26]、1985年(昭和60年)7月12日には観光用素潜り実演の窓口となる「小袖海女センター」が小袖漁港に平屋で設置された。この頃に海女は100人以上を数えたが、近年は観光客の減少に伴って20人程度にまで減少した。海女の後継者不足には、将来の海女のなりてとなる子供が安全に素潜り出来る体験学習の機会が無いからではと考えた八戸工業高等専門学校が、『「北限の海女」仮想体験学習システム』(海女の潜水エキスパートシステム)の開発を行っている[28][29]。
2006年(平成18年)2月26日、第27回Kyoto演劇フェスティバルにおいて京都放送劇団[30]が「放送劇 北限の海女」を京都府立文化芸術会館で上演した[31]。3月には「鉄道むすめ」にて、久慈駅と三陸鉄道北リアス線から名前を採った久慈ありすという萌え系キャラクターが作られたが、このキャラクターの祖母が当地の海女という設定となった[32]。なお、同作の漫画版にて久慈ありすの祖母が海女を夢見ていたありすに対して「今の時代に合わない」と一蹴するシーンがある。
同年、岩手県立久慈東高等学校の生徒が「北限の海女クラブ」を結成し、「第17回 北限の海女フェスティバル」などで女子高生観光ガイドとして活動した[33]。翌2007年(平成19年)の「第18回 北限の海女フェスティバル」では、「北限の海女クラブ」第二期メンバーの大久保恵実などが素潜り漁実演にも挑戦した[34][35]。同フェスには同年4月にデビューした演歌歌手・金澤未咲[36](母親が元北限の海女)のショーも行われ[37]、以後、毎年出演をするようになった。
2009年(平成21年)8月2日に開催された「第20回 北限の海女フェスティバル」[38]では、ラジオドラマの放送から50周年を記念して「ラジオドラマ『北限の海女』を聴く会」も開催された[24]。また、高校を卒業したばかりの大向美咲と小袖妃香理(共に19歳)が25年振りの新人として「小袖北限の海女の会」に入会し、プロの海女としてデビューした[39][40](大向はほぼ常勤。小袖は他の職業と兼業のため主に土日休日に出勤[41])。
新人海女2人の内、当地の最高齢海女を祖母に持ち[42]、ほぼ常勤で働いていた大向を取材したNHK盛岡放送局が「"北限の海女" 新人は19歳」との特集を作成、同年8月14日夕方に東北地方のNHK総合のローカルニュース内で、8月15日朝には全国放送の「おはよう日本」内で放送された[43]。すると、インターネットの日本語ウェブサイト上で大向は「かわいすぎる海女」として話題になり[44][45]、韓国語ウェブサイト上でも検索ワードランキングで4位になる[46]など話題になった[47]。このため、例年なら観光客が減少する9月になっても海女漁の実演見学の予約が絶えず、9月最終日曜に「北限の海女☆感謝祭」を初開催したところ、シーズン末にも関わらず盛況となった[48]。「かわいすぎる海女」効果により、素潜り漁実演の見学者は5962人[49]、観光客数も1万人以上[41]にのぼり、前年比約2割増となった[49]。10月3日には、三重県鳥羽市にて初開催された「日本列島 "海女さん" 大集合 - 海女フォーラム・第1回鳥羽大会」に新人海女らが参加し[50]、後継者不足に悩む各地の海女らを前に新人2人が紹介され祝福を受けた[51]。
2010年(平成22年)6月には、前年にデビューした大向と小袖の小・中学校の同級生である大久保も「小袖北限の海女の会」に入会し、漁期の始まる同年7月1日に新人としてプロデビューした[52][49]。シーズンインのこの日もテレビ局など25社が取材に訪れるほど注目を浴びた[53]。なお、大久保は高校時代に「北限の海女クラブ」に加入してアマチュアの海女として活動した経験があり、また、母親も海女である[34][52][49]。
8月1日の「第21回 北限の海女フェスティバル」では、隣接地に2階建てで移転・新築された「小袖海女センター」の落成式や、北限の海女のマスコットキャラクターを「アマリン」とする命名式も行われた[17]。8月18日には、土日休日に集中している海女の素潜り実演の観光客を平日にも増やす試みとして、久慈市観光物産協会が中心となって小袖北限の海女の会や小袖定置組合らと協力し、小袖海岸の景勝地を漁船で巡りながら素潜り実演の観光や漁業体験などが出来るパッケージツアーが初めて催行された[54]。
8月20日、新人海女3人がそろって7月27日に「小袖海女の会」を脱会していたと日本のマスメディアが報じ始めると[55][56][57][58]、大韓民国[59][60]や台湾[61]でも相次いで大手メディアが報道した。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う津波により、前年8月に新築した「小袖海女センター」が全壊した[62]が、同年7月に仮設のプレハブで営業を再開している[63]。
作品
- 「北限の海女」(ラジオドラマ。原作:水木洋子、出演:荒木道子・原泉・賀原夏子、1959年(昭和34年)11月27日22:10 - 23:00NHKラジオ第1放送で放送)
- 「北限の海女」(演歌。唄:愛ちひろ)
- 「北限の海女」(演歌。唄:金澤未咲。2010年(平成22年))[64]
- 「北限の海女」(ドキュメンタリーDVD。日本コロムビア、2010年(平成22年)9月29日発売)[65]
アクセス
- バス:三陸鉄道北リアス線・久慈駅より乗車。
- 自家用車:岩手県道268号野田長内線沿いにある。
- 船:小袖漁港(第一種漁港)
「北限の海女フェスティバル」の日には、久慈港の久慈市漁業協同組合前から無料のシャトル漁船が、久慈市役所前から無料のシャトルバスが運行される[66]。
- ^ a b 公園区域の概要 > 区域図 > 北部(環境省「陸中海岸国立公園」)
- ^ 久慈市環境基本計画(案)(久慈市 2009年2月)… 久慈市を構成する旧自治体の境界を描いた地図がある。
- ^ 小袖漁港(岩手県)
- ^ a b c d 北限の海女・海女センター(ネットタウン誌 きてきて久慈市)
- ^ a b c d 北限の海女(久慈市)
- ^ 済州の海女を紹介する写真、日本で展示へ(朝鮮日報日本語版 2009年10月1日)
- ^ a b c d 11.「北限の海女」(社団法人全国漁港漁場協会「漁村からのメッセージ」)
- ^ 北限の海女(久慈市)(岩手県「いわての文化情報大辞典」)
- ^ 主要漁港の水揚げ量(岩手県「いわての文化情報大辞典」)
- ^ 『男たちの綱取り合戦~岩手・種市町 アワビの素潜り漁~』(フジテレビ。岩手めんこいテレビ制作)
- ^ a b 南部もぐりとは?(洋野町)
- ^ 南部もぐり(洋野町)(岩手県「いわての文化情報大辞典」)
- ^ テレビ局“かわいすぎる海女”騙し放送…精神的にダウン(ZAKZAK 2009年9月26日)
- ^ 水産物(久慈市「いわて久慈市農林水産品支援サイト」)
- ^ 久慈市の北限の海女、鉄道娘の「久慈アリス」のモデルとなった三陸鉄道の三陸アテンダントをポスターモデルに起用しました。(新山根温泉 べっぴんの湯「しっとり洗顔石鹸&うるおいミスト」)
- ^ 久慈の「新山根温泉・べっぴんの湯」 せっけん、ミスト好調(毎日新聞 2010年8月5日)
- ^ a b わたし「アマリン」 海女キャラ名称決定(デーリー東北 2010年8月6日)
- ^ ウエットスーツの変遷の年表(日本ウェットスーツ工業会)
- ^ 八戸藩の範囲(八戸市博物館)
- ^ 岩手県の誕生(岩手県立博物館だよりNo.101 2004年4月)
- ^ 久慈で「北限の海女」資料展(デーリー東北 2009年8月7日)
- ^ 久慈の三・八まぢ市日
- ^ 久慈・若手海女休養 「地域の宝」守ってと応援続々(岩手日報 2010年8月24日)
- ^ a b 特集 NHKラジオドラマ放送50周年記念 「北限の海女」及び水木洋子の世界(月刊ダ・なす 平成21年7月28日/8月号ピックアップ)
- ^ 水木洋子の海洋作品(千葉県市川市)
会社組織では労使協議機関の設置が1955年から急増して労働環境の改善が始まるが、その一方で労働環境が改善されない漁業労働者を水木はいくつか描いている。ラジオドラマ「舵子」(1954年、NHK)、および、「舵子」を映画化した「怒りの孤島」(1958年、日映、久松静児監督)では、山口県・防予諸島の情島で漁船の漕ぎ手として働かされている児童達の過酷な労働実態を児童虐待事件「舵子事件」を基に描いている。また、映画「あれが港の灯だ」(1961年、東映、今井正監督)では、1965年の日韓基本条約と同時に締結された日韓漁業協定以前の李承晩ライン時代の日韓漁業問題を扱っている。 - ^ a b 振り返る「北限の海女」 久慈で来月から資料展(岩手日報 2009年7月11日)
- ^ 陸中海岸国立公園の概要(環境省「生物多様性情報システム」)
- ^ 民間等との共同研究課題一覧[平成16年度~平成20年度](八戸工業高等専門学校)
- ^ 平成21年度シーズ発掘試験 研究概要(情報通信・環境)(独立行政法人科学技術振興機構)
- ^ 京都放送劇団
- ^ 第27回Kyoto演劇フェスティバル
- ^ CD「鉄道むすめ キャラクターソングコレクション Vol.2 久慈ありす」(2007年6月27日発売)の3曲目『ありすの日常』(monologue) より
- ^ 久慈東高等学校(JSコーポレーション「日本の学校」)
- ^ a b 海女の実演に人だかり 採れたてのウニ堪能(デーリー東北 2007年8月9日)
- ^ ウニに笑顔どっさり! 北限の海女フェスティバル開催!!(久慈市)
- ^ 金澤未咲(ウィングジャパン)… 2007年4月29日にインディーズデビュー、同年10月3日にメジャーデビュー。
- ^ 第18回 北限の海女フェスティバル(久慈市)
- ^ 第20回 北限の海女フェスティバル(久慈市)
- ^ 北限の海女、次代へ 久慈でフェスティバル(岩手日報 2009年8月3日)
- ^ 北限の海女☆感謝祭(久慈市)
- ^ a b 海女さんは19歳…岩手(読売新聞 2009年9月27日)
- ^ 新人海女・大向美咲さんのライフスタイルを紹介(東海テレビ「a life」 2009年10月25日放送)
- ^ 2009年8月15日(土)の放送内容(NHK)
- ^ 【YouTube】「かわいすぎる海女」…見られるのは9月まで(サーチナ 2009年8月19日)
- ^ ネットで話題の“かわいすぎる海女”、「今度は本当にかわいい」と絶賛も。(Narinari.com 2009年8月17日)
- ^ 小袖海女センターのテレビ情報(TVais)
- ^ 【韓国ブログ】日本の「かわいすぎる海女さん」が韓国でも話題に(サーチナ 2009年8月18日)
- ^ 海女文化、幅広く発信 久慈の小袖漁港、感謝祭盛況(岩手日報 2009年9月28日)
- ^ a b c d 北限の海女 19歳が新人デビュー 先輩2人と伝統守る(河北新報 2010年7月2日)
- ^ 「かわいすぎる」大向さん鳥羽に…日韓海女さん集合(読売新聞 2009年10月4日)
- ^ 海女:「無形世界遺産登録を」三重・鳥羽でフォーラム(毎日新聞 2009年10月4日)
- ^ a b 北限の海女、19歳デビュー 岩手、昨年の2人に続き(共同通信 2010年7月1日)
- ^ 「かわいすぎる海女」DVDデビュー(デイリースポーツ 2010年7月25日)
- ^ 海女の実演、漁船運航など初ツアー 久慈・小袖漁港(岩手日報 2010年8月20日)
- ^ 出漁拒否!?かわいすぎる海女「電撃引退」の真相-岩手・小袖海岸発(フライデー9月3日号 2010年8月20日)
- ^ 「かわいすぎる海女」大向さんが引退していた(ゆかしメディア 2010年8月20日)
- ^ かわいすぎる海女が引退!? 待望のDVD発売も延期に......(メンズサイゾー 2010年8月21日)
- ^ 「北限の海女」若手3人引退 久慈 体調不良理由?(河北新報 2010年8月22日)
- ^ “이젠 지긋지긋해” 日 미소녀 해녀 돌연 은퇴선언(国民日報 2010年8月23日)
- ^ かわいすぎる海女さん「なんで引退したの?」韓国でも関心集中(Searchina 2010年8月24日)
- ^ 世代隔閡! 正妹海女不幹了(自由時報 2010年8月24日)
- ^ 小袖海女センター(久慈市)
- ^ 「北限の海女」 仮設プレハブで始動(デーリー東北 2011年7月16日)
- ^ 北限の海女♪(金澤未咲・七瀬龍一の岩手音ブログ~音・音楽~)
- ^ 北限の海女(日本コロムビア 2010年7月25日)
- ^ 久慈みなと・夏まつり&北限の海女フェスティバル(久慈市)
- 1 小袖海岸の概要
- 2 関連項目

