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アテネ [(ラテン) Athenae]


アテネ [Athēnē]



品種登録データベース

農林水産省農林水産省

アテネ【アテネ】(観賞樹)

※登録写真はありません 登録番号 第10590号
登録年月日 2002年 9月 4日
農林水産植物の種類 ハイビスカス
登録品種の名称及びその読み アテネ
 よみ:アテネ
品種登録の有効期限 25 年
育成者権の消滅  
品種登録者の名称 コーポレイティブ ベレニギング ワークグループ ハイビスカス U.A.
品種登録者の住所 オランダ王国 1435NL リージェンハウト デン アデルズベット 5
登録品種の育成をした者の氏名 マリヌス ヤコブ ベヴェランデール
登録品種の植物体の特性の概要
この品種は、育成者収集した野生種どうしを交配して育成されたものであり、花は基部が濃赤茶色、中部が明黄橙色先端部が明橙色の平開の一重咲きで、小輪の鉢物向きの品種である。樹皮亀裂の形は線状、色は緑、粗密は粗である。成全体の形は広卵形葉身先端の形は鋭形、基部の形は円形、縁の形は二重鋸歯葉身長さ及び幅は中、新表面の色は暗黄緑JHS カラーチャート3508)、成表面の色は暗緑(同3708)、斑の有無は無、新表面光沢は中、成表面光沢は弱、毛は有、葉脈の形は中間型葉柄太さは太、長さは中、色は赤褐、托葉の形は線状披針形長さは中である。花冠向き横向き開き方は平開、タイプ一重咲き花弁重なりは重なる、花冠長径は小である。つぼみの色は黄(同2513)、単色・複色の別は三色、複色のタイプバンドバンド1の色は濃赤茶(同0708)、2の色は明黄(同1905)、3の色は明(同1604)、脈の明瞭さは明瞭バンド1及び2の幅は中、3の幅は狭、花弁全体の形は扇型、ねじれは無、長さは短、幅は中、数は少、光沢は無である。ずい柱の弁化の有無及び曲がりは無、太さ及び長さは中、色のタイプ二色基部の色は明黄(同2204)の地色に濃赤(同0707)の条、先端の色は浅黄(同2203)、先端裂片の数は5裂、花柱の色は黄、毛は有、柱頭の色はオレンジ花糸長さは中、色は黄、やくの色はオレンジである。花柄上部太さ及び長さは中、色は暗黄緑(同3508)、花柄下部太さ及び長さは中、色は暗黄緑(同3508)である。副がく裂片の形は狭披針形、副がくの開放方向はやや接着、色は緑、がく筒全体の形は鐘形がく筒基部から先端までの長さは中、色は淡緑、がく裂片の形態は鋭尖形切れ込みは中裂、毛は有、花の香りは無である。「バリ」と比較して、成縁の形が二重鋸歯であること、単色・複色の別が三色であること、バンド2の色が明黄であること等で区別性が認められる
登録品種の育成経過概要
この品種は、1992年育成者温室オランダ王国)において、育成者収集した野生種どうしを交配し、その実生の中から選抜以後増殖行いながら特性の調査継続し、1997年にその特性が安定していることを確認して育成完了したものである




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アテネ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/30 09:08 UTC 版)

アテネ
Αθήνα
Athens Montage 2.jpg
Flag of Athens.JPG
市旗
位置
アテネの位置の位置図
アテネの位置
座標 : 北緯37度58分 東経23度43分 / 北緯37.967度 東経23.717度 / 37.967; 23.717
行政
ギリシャの旗 ギリシャ
 地方 アッティカ地方
 県 アッティカ県
 市 アテネ
市長 Nikitas Kaklamanis
新民主主義党
地理
面積  
  市域 38.964km2
  市街地 411.717km2
  都市圏 2,928.717km2
標高 70 - 338m
人口
人口 (2001年現在)
  市域 745,514人
  市街地 3,130,841人
  都市圏 3,686,371人
その他
等時帯 東ヨーロッパ時間UTC+2
夏時間 東ヨーロッパ夏時間UTC+3
郵便番号 10x xx, 11x xx, 120 xx
市外局番 210
公式ウェブサイト : http://www.cityofathens.gr/

アテネ現代ギリシャ語: Αθήνα, Athína, 英語: Athens)は、ギリシャ共和国首都。古名はアテーナイἈθῆναι, Athēnai)といい、古代ギリシア時代に強力な都市国家として栄えたことで広く知られる。日本語の漢字表記、中国語表記では「雅典」。現代ギリシア語の発音ではアティナに近い。

ギリシャの首都であり、同国の政治経済の中心地である。南ヨーロッパ有数の世界都市でもある。また、ギリシャ正教会の首長であるアテネ大主教が座すため、精神的な中心地でもある(ギリシャ正教会正教会に属し、クレタ島を除くギリシャ一国を管轄する。)。正教会の定めるアテネの守護聖人は、ディオニシオス・オ・アレオパギティス、イェロテオス、フィロセイ

1985年の欧州文化首都に選ばれていた。


目次

歴史

詳細は「w:History of Athens」を参照

アテネの守護神アテーナー

(古代のアテネについては、アテナイを参照のこと。)

アテネは古名をアテナイという。古くから栄えた商業都市であり、古代ギリシア時代には都市国家ポリス)を形成した。紀元前6世紀頃のアテナイは、民主政の下で発展、アッティカ地方全域を支配し、スパルタと並ぶ強国であった。ペルシア戦争では、ギリシアの都市国家連合の雄としてペルシア帝国軍の撃退に大きく貢献し、戦後結成されたデロス同盟の盟主となって、古代ギリシアの中心都市として学芸と文化の都として栄えた。しかし、ペロポネソス戦争でスパルタに敗れて以降、国力は次第に衰退し、紀元前4世紀マケドニア王国に屈服して政治的な独立を失った。

その後、古代ローマの属領となり、ギリシア世界の学芸の都として栄えたが、ローマ帝国以降は政治的な重要性は失われた。東ローマ帝国時代初期までは学芸の中心としての座を維持したが、6世紀後半以降のスラヴ人アヴァールの侵略によって打撃を受け、学芸の中心としての地位も失った。1040年には東ローマ帝国に反乱を起こして鎮圧され、1147年にはルッジェーロ2世が差し向けたシチリア軍の略奪で大きな被害を受けている。そんなこともあり、アテネは東ローマ帝国、オスマン帝国の時代を通じて、寒村といってよい状態であった。

18世紀後半に入ると、ヨーロッパでのロマン主義の盛り上がりに伴って、古代ギリシア文明の中心地として注目を浴びるようになった。これに刺激されておこったギリシャ人ナショナリズムでは、精神的な中心地として地位を高めた。1830年にオスマン帝国から独立したギリシャ王国は、ギリシャ・ナショナリズムの古代ギリシャ復興の風潮に合わせて、1834年にアテネを首都に定めた。以後、アテネはギリシャ国家の中心として次第に発展していった。

ギリシャ王国の初代国王オソン1世が連れてきたドイツ出身の官僚たちは、西欧風の都市計画を導入し、アテネは近代国家ギリシャの首都に相応しい都市として建設されていった。現在の町並みは、この時代に建設された市街や建築物が原型となっている。また、古代遺跡の保護活動も進められ、アクロポリスの丘が町のシンボルとして整備された。

第二次世界大戦ではナチス・ドイツに占領された。戦後は急速に復興し、ギリシャの経済成長の中心として人口が爆発的に増加、大都市となった。

年表

地理

アテネはギリシャ中南部にある同国の首都で最大の都市。サロニコス湾に面するアッティカ平野にあり、パルネス山、ペンテリコン山、ヒュメットス山、アイガレオス山といった山々にかこまれ、西にキフィソス川、東にイリソス川がながれる。南西約8kmに外港ピレウスがあり、他の周辺地域とともに大アテネを形成している。市域の中心にアテナイのアクロポリスの丘、北東部にリュカベットス山がそびえ、パルテノン神殿跡、聖イヨルイヨス礼拝堂などがある。 全体にわたって山地が多くそのため信仰の場となっている事が多い。






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