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アップダウンクイズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/28 07:26 UTC 版)

アップダウンクイズUp-Down Quiz)は、1963年(昭和38年)10月6日から1985年(昭和60年)10月6日までの毎週日曜日19:00 - 19:30(JST)に毎日放送MBS)制作、ロート製薬一社提供日本航空の協賛で放送されていたテレビクイズ番組である。


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  1. ^ 市村の降板理由は、後年(1980年?)TBS『奥さま8時半です』に小池が出演した時、市村の仕事(俳優)が多忙を極めたためだと、小池の口から語られた。なお、この時は市村がゲスト出演し、久し振りに小池と顔を合わせた。
  2. ^ 10月2日は本番組が内包された秋の改編期特番『タモリのスター対抗クイズ大集合』が放送された。このときも佐々木が出題者として出演している。
  3. ^ 但し、1970年3月から9月に開催された日本万国博覧会に伴う関連番組制作の都合上、同年5月3日から10月18日放送分は東京都港区六本木にあったテレビ朝日(当時の日本教育テレビ(NET)本社と全く同じ場所)での収録となっている。
  4. ^ 但し、1985年8月12日墜落事故で協賛を降板。カウキャッチャーも事故以降は放映されず、時報とともに「♪ロート…」のオープニングキャッチとなった。
  5. ^ ロート製薬提供、(番組名)」のオープニングコールは、後継番組『クイズ!!ひらめきパスワード』でロート製薬一社提供を取り止める1991年9月下旬まで使われた。
  6. ^ 他にもロート製薬単独提供であるTBS「クイズダービー」等でも言う。
  7. ^ このスタッフロールは後番組の「クイズ!!ひらめきパスワード」でも同じ形式だった。
  8. ^ ペア大会の時は、中期までは2人一緒にゴンドラに乗っていたが、後に1名が前半・後半(シルエットクイズ以降)に分けて乗る様になった。
  9. ^ 1964年4月からの海外旅行自由化を見据えて企画された。
  10. ^ 一部のVTR問題では誤答した場合(この時点で「お出」とならない場合)でも問題VTRの続きがあるため、誤答した本人を含め、全員に解答権がある。
  11. ^ 勝ち抜きの解答者が2週目、3週目の時は解答者の胸に花が付けられる
  12. ^ このルールになってから、勝ち抜きの解答者を「チャレンジ1・2・3」と呼び、1週目の10問正解者をV1と呼び、2週目の10問正解者をV2と呼び、さらに3週連続10問正解してペアでのアメリカ西海岸旅行と賞金30万円獲得者をV3と呼び、なおかつ「V3チャンピオン」と呼んでいた(この辺りから、アップダウンクイズで「チャンピオン」と表現するようになった。それまでは長いこと「チャンピオン」(但し、20周年記念特集の際に小池が「チャンピオン」と言っていたことがある)や「優勝」とも一切言わず、「10問正解・ハワイ旅行」と表現していただけだった)。
  13. ^ 但し、1980年フジテレビの『クイズグランプリ』が終了、代わりにABCの『パネルクイズ アタック25』(優勝)が加わった。
  14. ^ MBSが制作・放送していた番組の多くは、大阪吹田千里局大阪中央郵便局(『突然ガバチョ!』)、東京芝郵便局(『世界まるごとHOWマッチ』、『世界まるごと2001年』)だった。
  15. ^ 新井たかし『クイズで儲けろ』の表紙カバーに当時のゴンドラ写真あり。
  16. ^ 毎日放送の40年』174〜175ページに記載。当時のゴンドラは150kgが限度だった。
  17. ^ 正面部分のみ。側面はブロンズのような色であった。
  18. ^ 両者の相違点はゴンドラが上下する際の音が、小池時代のワイヤーロープ式は動く時に“ゴン”と強く響くのに対し、西郷時代のチェーン式は“カチャ”っと弱い音が動く時と動きが止まるときに発するのが特徴
  19. ^ この時はスタッフがはしごによじ登ってザルに入れていた紙吹雪を撒いて行っていた。
  20. ^ 訃報:小池清さん80歳=元毎日放送アナウンサー(2012年4月30日<同日閲覧> 毎日新聞)の写真後方のゴンドラ回答席の頭上に、6人分の造花で覆われたくす玉が吊るされてあるのが掲載されているが、解答者の位置によって吊るす高さが一定ではなく、異なっていた。
  21. ^ 後に1967年8月6日の「200回記念・夏休み中学生特集」ではシルエットゲストを務めている。
  22. ^ 最終回の問題で「次のうち、有名人で初めて10問正解したのは誰でしょう? 野球の王貞治・映画監督の大島渚・作家の野坂昭如」と出題されていた。
  23. ^ 過去にも出場していたが、このときは9問目で誤答、0に転落した。
  24. ^ 現在、ロート製薬が提供しているMBS制作のネット番組。
  25. ^ 1982年5月23日放送回でも、シルエットクイズ(ゲストは小松左京)の第1ヒントで正解し、一気に10問正解を達成している。
  26. ^ このときは通常問題終了後、ゴンドラをすべて降ろしてから出場者が解答席を離れ、プレーオフに進む出場者のみ中央寄り(3・4番)の解答席に座る形となっていた。
  27. ^ なお、ゴールデンカップの贈呈は西郷時代の後期(3週勝ち抜き制)に復活し、3週連続10問正解・アメリカ西海岸旅行・賞金30万円の達成時に贈呈された。
  28. ^ その際、この時に限って『アップダウンクイズ』の看板のタイトルロゴが丸みを帯びていたが、結局は元のロゴが継続使用された。『毎日放送の40年』にもこのシーンの写真が掲載されている。
  29. ^ 広告のキャッチコピーは、「胃腸と肝臓にパンシロン」。
  30. ^ 「スマスマ」は2010年4月以降、前半枠もP&G(一時各社扱いの時期あり)を含む複数社提供に移行した。
  31. ^ また1976年頃までは、スタジオ内で女性アシスタントがロートのCMを行っていた(その際、スルーになった時、観客1人に解答してもらい、正解の際はロートからのプレゼントがあり、その後にCMが行われていた)
  32. ^ 60分通してロートの一社提供だった。製薬会社のレギュラー番組は製薬会社の紳士協定で31分以上の単独提供はできない規則になっていたが、単発番組だけは特例だった。
  33. ^ 後に、同じ堤構成の 『三枝の国盗りゲーム』にて優勝を果たした。この大会では他に紳助竜介ザ・ぼんち(クイズ賞を獲得したものの、「坊主めくり」にて敗退)、星セント・ルイスが出場していた。しかし、海外旅行は坊主を引いて失格に終わった。また、『クイズダービー』(賭ける側の席。他にラッキー7B&Bも出場)や『クイズタイムショック』の「漫才師大会」に出場していた。
  34. ^ アメリカ横断ウルトラクイズ以前の1978年2月にも出場したが、9問止まりで終わった。2年後に北川は「20周年記念全国大会・関東地区」に出場したが、決勝進出はならなかった。
  35. ^ 1980年1月20日放送回ではシルエットゲストとして出演していた。
  36. ^ 1983年4月19日のデイリースポーツ15面の八木の訃報記事に、八木・野村が9問正解している場面の写真が掲載。
  37. ^ 他の回ではハワイ旅行が獲得者2人までは出るが、3人目となる予定の挑戦者が8、9段目で終了したり、9段目で誤答し0に転落するケースが度々あった。一例として「20周年記念全国大会・中部甲信越地区で」、⑥の出場者が最後の「ラッキークイズ」で正解すれば3人目のハワイ旅行獲得となるはずだったのが、早とちりで誤答し、0に戻った。
  38. ^ MRTが参加した詳しい理由については不明だが、おそらく番組が基幹局以外のローカル局の参加を募り、推薦か立候補を獲て参加したものだと思われる。
  39. ^ なお、アップダウンクイズ制作局・MBSの『ザ・ベストテン』追っかけ担当だった当時アナウンサーの青木和雄は、観客席の応援に回った。
  40. ^ 2009年2月8日にテレビ朝日で放送された『超大ヒット人気番組ぜ〜んぶ見せます!スペシャル』では、ANN時代の放送回数が過半数の599回にも関わらず、1シーンも放送されなかった。
  41. ^ 事故の翌週から3週間はプロ野球中継に差し替えられ、再開後も断りのテロップ表示(前述)や客室乗務員登場シーンの割愛が行われた。
  42. ^ この大会では、ファイティング原田、マッハ文朱など、シルエットゲスト経験者がペアでクイズに臨んだ。だが、10問正解ペアは1チームも出ずに終わった。フィナーレでは出場チーム全員が西郷・佐々木・アシスタントと共にゴンドラ前に並び、西郷が終了に当たって「小池清さんに敬意を表します」というメッセージを述べていた。
  43. ^ 2007年10月10日にソニーミュージックから発売されたコンピレーションアルバム「日曜夜のテレビは哀愁」の6曲目に収録されている。
  44. ^ CD「ブロードキャスト・トラックス 毎日放送編」ではこのオープニング(小池の番組冒頭のあいさつ部分を含む )とハワイ行き決定のBGMが収録されている。
  45. ^ 1983年から最終回まで担当。
  46. ^ 金子は後継番組『クイズ!!ひらめきパスワード』の構成、柳川は同番組のプロデューサーを1989年頃まで担当。
  47. ^ a b c 九州朝日放送では1964年10月にテレビ西日本日本テレビ系列からフジテレビ系列ネットチェンジしたのに伴い、それまで関門2県のネット局だった山口放送関門局)の番組が徳山局(現・周南局)と同一の編成になったため当番組のネットを開始。そのため、山口放送では1年で番組が打ち切られた。ちなみに山口県での当番組の放送は1975年4月に当番組がTBS系列番組に変更されたと同時にテレビ山口で放送を再開し、山口放送関門局エリアでは10年半ぶりにネットが復活した他、山口放送周南局エリアでは初放送となった。
  48. ^ 但し、腸捻転解消直前に終了となり、MBS吉本興業制作の番販番組『日曜りくえすと寄席』を同枠で放送していた。
  49. ^ 福島テレビ1983年4月にフジテレビ系列(FNN系列)にネットチェンジ後も、視聴者保護等の関係で1983年9月まで同局で放送されていた。同年10月11月福島県内では放送されなかった。ただし福島県内でも地域によって異なるもののTBCBSNTBSのいずれかを受信できていれば、1983年10月11月でも視聴できていた。
  50. ^ ただし、香川県では相互乗り入れ以前から山陽放送やMBSを通じて視聴可能であった。







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