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リアルオプション
【英】:real option
概要
オプションなどの金融派生商品の価格評価手法を応用して,不動産やプロジェクトなどの実物に対する投資機会の価値を評価する方法.投資対象の実物価値を原資産,投資金額を行使価格,投資の延期,追加投資,撤退などの選択肢をオプションとして評価する.従来から利用されてきた収益還元法や正味現在価値法などに比べ,投資における柔軟性が生み出す価値を評価に反映させることができるという特徴がある.
詳説
リアルオプションは,オプション価格理論を応用し,不確実性のもとでの意思決定問題において企業が有する経営上の柔軟性をオプションになぞらえて分析する考え方,いわば「金融」(financial)に対する「実物」(real)の世界のオプシヨンを意味する.
たとえば,投資プロジエクトの意思決定を行おうとしている企業を考える.投資すると,企業はそれ以降ある期間にわたつてキャッシュフロー(経費差引後)を得ることを期待する.この期待将来キャッシュフローの割引現在価値であるプロジェクト価値は経済情勢などの影響のため刻々と変化していく一方,投資コストは一定とする.ここでこの企業が投資プロジェクトの実行を将来に延期する柔軟性をもっているとすると,企業はプロジェクト価値が高いときに投資することで利得を大きくすることができる.プロジェクト価値を原資産価格,投資コストを行使価格になぞらえると,このプロジェクトを実行することは,投資コストを支払ってプロジェクト価値を獲得するという意味で,コールオプシヨンを行使して原資産を購入することと似ており,将来プロジエクトに投資できる機会はオプションのアナロジーとして評価できる.同様に,将来の情勢変化に応じて追加投資を行い業容を拡大したり,逆に設備を売却して事業を縮小あるいは撤退したりする柔軟性も,プロジェクトに内在するオプションとみることができる.
リアルオプションの考え方は,企業の投資意思決定問題において,NPV(Net PresentValue, 正味現在価値)法への修正としてとらえられている.NPV法においては,将来の期待プロジェクト価値は単一のシナリオに基づくという意味で決定論的であり,企業も当初の意思決定を維持し続ける硬直的な存在であると仮定されている.しかし現実の企業は,予期せぬ状況の変化に応じてその方針を柔軟に見直すことで,将来の上方ポテンシャルを伸ばし,下方リスクを避けようとする.そのような柔軟性にはリアルオプションの価値が含まれている.これを考慮に入れたリアルオブション法のもとでは,投資機会の価値はそのNPVにリアルオプションの価値を加えたものとなり,NPVが負のプロジェクトであっても,リアルオプション価値を加えた修正NPVが正であれば,適切な時機到来を条件として採択すべき,との方針が導かれる.リアルオプションをもつ企業にとっては,将来の不確実性は排除すべき「敵」ではなく,利用すべき「味方」となるのである.
上記のように, リアルオプションというよび方は金融オプションとのアナロジーから名づけられたものであり,その評価手法は基本的には金融オプションと共通である.それは,市場におけるリスクの価格付けに基づく期待収益率の差という要素を除けば,従来から企業の意思決定問題に用いられてきた動的計画法と酷似した評価式を導く.
一般的な金融オプションの評価モデルには,原資産の連続的な取引を前提とするものやリスク中立測度のもとでの期待値をとるものなどがあるが,それらを含め多くの場合,市場の完備性(あらゆる資産の価値過程が他の資産で複製できること)を前提に,オプション価値は保有者のリスク回避度に依存せず,無リスク金利を割引率として用いることができる.リアルオプションの評価においても,この手法は基本的に有効である.
株式などの金融資産と違い,プロジェクトなどは一般的にあまり取引されないが,十分な流動性を備えた原資産の市場が存在しないことは必ずしも評価上の支障にはならない.たとえば,一定の投資コスト
に対して,プロジェクト価値
が

に従って変動していくものとする.ここで
および
は正の定数,
は標準Brown運動の増分とする.Dixit and Pindyck(1994)よのうにプロジェクト価値の複製資産を連続的に取引するとの仮定をおいたり,あるいはSick(1995)のように消費CAPMなどの均衡期待収益率モデルを用いたりすることで,プロジェクト価値
に依存するオプション価値
のみたすべき評価式を,保有者のリスク回避度に依存しない

のような形で導くことができる.ここで下添字は偏微分を表し,
は無リスク金利,
はプロジェクトからのキャッシュフロー率(いわゆる収益率不足分)であり,
は資本市場で決定された
のリスク調整済み総収益率
に依存しない.式(2)に適切な境界条件を付することで,解析的ないし数値的に解が得られる.
金融オプシヨンと違い,少なからぬリアルオプションが明示的な行使時点の制限をもたない.このような場合,式(2)は
とおき無限満期のアメリカンオプションとして解くことができる.すなわち,原資産の配当率にあたる
があるため,満期がない場合でもプロジェクト価値が十分高くなれば投資を行うことが最適となる.べき型の関数形
を想定し,
,および投資が最適となるプロジェクト価値
において
および
といった条件を付して
および
を特定し,解を求めることができる.
企業がもつ投資機会は企業によって異なるため,市場の完備性を前提とするモデルに疑間を投げかける向きもある.しかし,他社にまねできない独自の投資機会があることは,そのキャッシュフローの複製可能性を必ずしも否定しない.すべての金融資産の価値プロセスを複製するに十分な数の金融資産があれば,それらの適切な選択ないし組み合わせで多くの実物資産やプロジェクトの価値も複製可能と考えるのはさほど乱暴な議論ではない.また,多くの金融資産は何らかの意味で実物資産のキャッシュフローの一部を切り取ったものであり,今日さらに多くの実物資産のキャッシュフローが証券化や流動化の技術により金融資産として取引可能になってきている.
もし,上記にもかかわらず価値の複製が不可能なプロジェクトがあり,評価に際してリスク中立性を前提にできない場合でも,一般的な不確実性下での意思決定手法としての動的計画法を用い,最適停止問題として解くことができる.Dixit and Pindyck(1994)は,同じ式(1)をもととし,投資機会の価値
を,最適な投資時点
を選ぶことでそのペイオフの現在価値を最大化する問題
![F(V_t) = \sup_{T}\mbox{E}_t [(V_T - I) e^{-\mu (T-t)}] , \ \ \ t \le T \ \ \ (3) \,](http://www.westatic.com/img/dict/orjtn/64902f5dcb240e2eec39f3e430e70176.png)
として定式化している.ここでの
は,市場と関係ない任意のリスクプレミアムをもつこの投資機会のリスク調整済み割引率であり,
はこの
と
の期待上昇率
との差として定義される.
であるから,この投資機会の価値は評価式

をみたす.これは
と
差を除けば式(2)と同じであり,同様に解くことができる.
投資プロジェクトのような,リアルオプションで典型的な原資産の価値は,細かくみてもせいぜい月単位程度でしか把握されないため,いわゆるBlack-Scholes式のような連続時間モデルより,Copeland and Antikarov(2001)にみるような二項モデルのほうが使い勝手がよく,うまく当てはまる例が多い.離散時間のもとで,時点
の初期値
から1時点進むごとにプロジェクト価値が確率
でu倍に,確率
で
倍になる格子を描くと,時点
には
個のノードができ,このうち上からたk番めのノードにあるプロジエクト価値を
とする.終端時点
のペイオフ
からリスク中立のもとで
が1時点後に増加する確率
を用いて

を時点
から順次さかのぼっていくことで時点
での価値が得られる.
多くのリアルオプションは,通常の金融オプションと同様,原資産価値を確率的に上下させる市場の不確実性に直面するが,そのほかにも,リアルオプションに関係する不確実性の源には,技術,制度,競争などさまざまなものが考えられる.
研究開発投資のように,多段階に分割され各段階での成否が次段階へ進めるかどうかに影響する場合,成否の確率は市場とは無関係にその技術で決まり,将来の期待プロジェクト価値をその確率に応じて減らすがリスクプレミアムを増加させない.このような技術上の不確実性は,一定時間内に失敗する確率をその期間に対応する配当率のような収益率不足分と考えれば,原資産が配当を支払う場合と似た形でモデル化できる.
制度の変更による投資環境の変化は連続的というよりしばしばランプサム的であり,また市場における不確実性と直接にはリンクしていない.Dixit and Pindyck(1994)は,投資優遇税制の導入による企業投資誘導効果の分析において,このような政策の不確実性をPoissonジャンプとしてモデル化している.
Trigeorgis(1996)やGrenadier(2000)にみるように,競争に起因する不確実性はより複雑である.多数の企業が競合する産業において,他社の市場参入の平均的なペースが判明している場合については,新規参入による自社キャッシュフローの減少を配当のような原資産価値を一定割合で減らしていくパラメータとしてモデル化できる.複占や寡占など企業数がより少なく,互いの行動の効果が相手方の意思決定に直接影響する場合には,こうした取り扱いは不可能であり,ゲーム理論を用いたモデル化が必要となる.
■ 種類
企業の有するさまざまな経営上の柔軟性が,リアルオプションとして評価されうる.主なものを表に示した.
| 種類 | 状況 |
| 延期オプション | 投資プロジェクトの実施を好ましいタイミングがくるまで延期できる場合 |
| 撤退オプション | 業況回復の見込みがないとき、設備を廃棄して操業中のプロジェクトから撤退できる場合 |
| 操業規模変更オプション | 操業中のプロジェクトについて、好ましい状況下で規模を拡大,および/または好ましくない状況下で縮小できる場合 |
| 転換オプション | 操業中のプロジェクトについて、市況の変化に応じ原料,製品などを転換できる場合 |
| 成長オプション | 現在の投資が将来拡大する可能性のある市場への参入機会をもたらすオプションとなっている場合 |
| 逐次進行オプション | 一つのプロジェクトを複数の段階的投資に分け,個々の段階を次の投資のための複合オプションとみる場合 |
延期オプションは,前節で記したように,ある決まった投資プロジェクトの実施を縛来に延期する柔軟性を意味する.投資コストに比べてプロジェクト価値が高いほど行使した際のペイオフ(利得)も大きくなるので,コールオプションにあたる.
一方,撤退オプションは,プロジェクト価値が低下したときにそれを売却して事業から撤退する柔軟性を意味する.売却価格が行使価格にあたり,それに比べて原資産であるプロジェクト価値が低いほどペイオフが大きくなるので,プットオプションにあたる.
操業規模変更オプションは,状況に応じて操業規模を拡大ないし縮小する柔軟性を意味する.これはプロジェクトの一部についての延期(拡大の場合)ないし撤退(縮小の場合)オプションとみることができる.
転換オプションは,複数の燃料で稼動するボイラーや容易に組み替えられる生産ラインのように,プロジェクトに必要な原料や作り出される製品などを,その市況に応じて変更できる柔軟性を意味する.転換の選択肢の価値がそれぞれ確率的に変動する場合は,複数の原資産を交換する交換オプションとしてモデル化される.
成長オプションは,いま投資を行うことが将来拡大が期待される市場への参入機会をもたらす場合にみられる.成長中の産業や技術進歩の著しい市場では,将来の投資機会もまたその先の投資機会への参入の前提条件となっており,先行するオプションを行使して後続のオプションを取得する複合オプションとみることができる.
逐次進行オプションもまた複合オプションであるが,複数の投資機会を扱う成長オプションと違い,一つのプロジェクトを複数の段階に分け,その各段階でプロジェクトを進めるかどうかを選択する柔軟性をそれぞれリアルオプションとみる.
実はこれらのすべてが,何らかの意思決定を将来に延期する延期オプションの一種であり,またTrigeorgis(1996)にみるにような,あるコスト負担のもとで操業モードを変吏する「一般化されたリアルオプション」の特殊ケースにあたる.
リアルオプション理論が最もよく利用されるのは,投資プロジェクトの評価や意思決定の分野であろう.不確実な環境下での大型投資プロジェクトの意思決定には,リアルオプション分析が特に有効である.石油開発や新薬開発などのプロジェクトでは,投資額が巨額に上るうえ失敗しても転用は困難で,初期段階の技術的な不確実性がきわめて高く, しかもキャッシュフローを生むまでの期間が長いが,いったんうまくいけば追加投資の機会が開かれることもある.このようなプロジェクトは複数の段階に分け,状況をみて途中でとりやめたり拡張,縮小したりする柔軟性を保つことが重要であり,複数のリアルオプションを含むプロジェクトとして評価することが適切である.こうした分析では,オプション価値計算の基礎になるプロジェクト価値やその過程,関連するパラメータがあいまいにしかわからず,したがってリアルオプションの厳密な評価額が求められない場合も多いが,それでも合理的な意思決定手法に従った分析結果をもたらすため,NPV法などに比べてより適切な意思決定が可能となる.
経営上の柔軟性を保有者にもたらす資産や契約なども, リアルオプションとして評価される.土地については,開発後の不動産価値を原資産,開発コストを行使価格としたコールオプションとして評価する研究がなされている.特許権,著作権などの知的財産権,およびこれに類似したブランドなどの価値も,それ自体ではなくその後の投資から生まれるキャッシュフローを価値の源泉としていることから,オプションとして評価するほうが適切な場合が多い.中途変更や解約,期限延長などの柔軟性をもつ契約の価値も,同様にリアルオプションを含んだものとして評価できる.これらの柔軟性の精緻な評価手法は,金融工学の発展とともに資産その他の証券化商品の開発など具体的な成果を生み出しつつある.また米pl-x社では,簡便なパッケージを利用して特許権をオプションとして評価し,ITを使ってそれらを取引する市場をつくり出そうとしている.
リアルオプションは金融オプションと違って法的な権利として確保されたものでない場合が多いため,計算にとりかかる前にまずその対象にどのようなリアルオプション(柔軟性)が存在するかを分析しなければならない.事業に内在するリアルオプションは,山口(2002)にみるように,市場の状況や企業の能力などに対応して企業がとる経営戦略に依存する.延期すればより高い利得を期待できる投資機会があっても競争相手がひしめいていれば延期はできないし,コアコンピタンスのない事業領域で将来の成長性に賭けて多額の投資をすることは必ずしも賢明とはいえない.したがって,リアルオプションは独立した資産としてではなく,企業戦略の文脈の中で論じられるべきである.意思決定に際し企業とその経営者の利害が常に一致するとは限らず,しばしば企業(株主)を依頼人,その経営者を代理人とした依頼人=代理人ゲームが成立する.この領城ではMaland(1999)などを除いてリアルオプションを意識した研究がまだ少なく,今後ストックオプションなど経営者報酬に関する諸研究と融合した発展が期待される.
[1] 山口 浩(2002), リアルオプションと企業経営, エコノミスト社.
[2] Copeland, T. and V.Antikarov (2001), Real Options: A Practitioner's Guide, TEXERE.
[3] Dixit,A.K. and R.S Pindyck (1994), Investment Under Uncertainty, Princeton University Press.
[4] Grenadier, S.R. ed. (2000), Game Choices: The Interaction of Real Options and Game Theory, Risk Books.
[5] Maeland,I. (1999), "Valuation of irreversible investments and agency problems," Working Paper presented at the 3rd Annual Real Option Conference.
[6] Sick,G. (1995), "Real Options," in Jarrow R.A., V.Maksimovic and W.T.Ziemba eds., Handbook in Operations Research and Management Science, Vol.9, Finance, chap.21, Elsevier.(今井潤一訳(1997),実物オプション,in 今野浩, 古川浩一監訳, ファイナンスハンドブック, 朝倉書店)
[7] Trigeorgis,L. (1996), Real Options: Managerial Flexibility and Strategy in Resource Allocation, MIT Press.
りあるおぷしょんに関連した本
- 決定版 リアル・オプション―戦略フレキシビリティと経営意思決定 ウラジミール アンティカロフ 東洋経済新報社
- 実践リアルオプションのすべて-戦略的投資価値を分析する技術とツール ジョナサン・マン ダイヤモンド社
- 企業価値評価と意思決定―バリュエーションからリアルオプションまで 本多 俊毅 東洋経済新報社