奥豊後の言葉 |
ゆうじゃくこうえん
用作公園[解説]豊後大野市朝地町にある公園。「用作」とは鎌倉時代、地頭に与えられた田地。初代豊後守護、大友能直の八男、志賀能郷が1240(延応2)年、朝地に地頭屋敷を構えた。大友氏の所領没収に伴い志賀氏が岡城を退去した後、入城した中川氏が朝地の地も引き継いだ。岡藩三代藩主、中川久清は参勤交代の道筋にあたるこの地を家老の中川平右衛門長伸に別荘地として与えた。長伸は「心字池」「丹字池」を掘り、松と楓を植え庭園としたのが現在に伝わる公園の始まりだった。藩主は参勤交代の折に立ち寄って休息をとったという。
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