やなせ‐たかし
やなせたかし
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やなせ たかし(本名:柳瀬 嵩〈読みは同じ〉[1]、1919年〈大正8年〉2月6日[1] - 2013年〈平成25年〉10月13日)は、日本の漫画家・絵本作家・詩人[2]。有限会社やなせスタジオ社長。高知県出身(詳細は後述)。作曲家としてのペンネームは「ミッシェル・カマ」[3]。
注釈
- ^ 漫画家としての活動をこのころから開始した。
- ^ 文献によっては高知県香美郡出身とされているものもある[4]。
- ^ 野重6連隊自体は既に中国へ動員・出征中であり、やなせが入営したのは在小倉の補充隊。
- ^ 京都帝国大学法科生から海軍予備学生を経て、予備海軍少尉。やなせは断片的な情報から戦後弟が特攻兵器回天の特別攻撃隊要員だったと思い込んでいたが実際には駆逐艦の乗組員であり、1945年(昭和20年)台湾とフィリピンの間のバシー海峡にて勤務していた駆逐艦「呉竹」が撃沈され、戦死。死後中尉に特進[6]。
- ^ やなせの死後に漫画家の吉田戦車が「あの人の『タダ働き』に甘えてきた多くの自治体とか組織は恥じろ、と思いますね」とtwitterで指摘し、賛否両論の議論となった[14]。
- ^ やなせ本人をモチーフとしたウサギのキャラクター。
出典
- ^ a b c d 『読売年鑑2005年版 別冊 分野別人名録』読売新聞東京本社,2005年3月13日発行p.396より
- ^ a b c d e f g h i j k “やなせたかしさんのプロフィール”. ほぼ日刊イトイ新聞 (株式会社ほぼ日) 2017年12月18日閲覧。
- ^ a b “アーカイブされたコピー”. 2014年11月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『やなせ・たかしの世界』68-74頁。
- ^ 『人生なんて夢だけど』P22。
- ^ 門田隆将『慟哭の海峡』(ISBN 9784041021538)より。[要ページ番号]
- ^ 『人生なんて夢だけど』P122
- ^ “三越の包装紙”. 三越. 2024年3月24日閲覧。
- ^ “荒俣宏の電子まんがナビゲーター 第12回 やなせたかし編”. イーブックイニシアティブジャパン. 2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月25日閲覧。
- ^ a b 『やなせ・たかしの世界』36-37頁。
- ^ a b “初代「アンパンマン」は大人向けの童話だった”. オリコン (2014年8月15日). 2017年12月23日閲覧。
- ^ 『やなせ・たかしの世界』48頁。
- ^ a b 近藤正高 (2018年10月3日). “アンパンマン放送30周年! 「まあ1年続けば……」と言われたアニメが人気爆発したワケ”. 週刊文春. 2023年4月23日閲覧。
- ^ やなせたかしの晩年は「タダ働きばかり」 「甘えてきた多くの自治体は恥じろ」と吉田戦車が激怒(J-CASTニュース、2013年10月18日)
- ^ 賞金半減「いけない」 やなせさんが資金提供 Archived 2015年10月4日, at the Wayback Machine.高知新聞2005年6月25日朝刊・同WEB記事(2015年10月1日閲覧)
- ^ a b やなせたかし先生のお墓「朴ノ木公園(ほうのきこうえん)」に行ってきました - 霊園墓地の大塚
- ^ やなせたかし『オイドル絵っせい 人生、90歳からおもしろい!』新潮社(新潮文庫)、2012年、15頁。ISBN 978-4-10-138141-1
- ^ 箱入りじいさんの94年(糸井重里との対談)
- ^ アンパンマンの生みの親やなせたかしが仙台を訪問、元気を届ける! 2012年5月15日 ムービーコレクション
- ^ 丁野奈都子 (2011年6月17日). “心に響く世界最弱のヒーロー アンパンマンの正義 〜やなせたかしさんに聞く”. 日経トレンディ. p. 2. 2011年11月5日閲覧。
- ^ やなせたかし:「死んだら映画の宣伝になる」とブラックジョーク2013年7月6日『毎日新聞デジタル』(2013年10月17日閲覧)
- ^ やなせ たかし逝去に関するお知らせ(訃報) フレーベル館ホームページ(2013年10月16日閲覧)
- ^ a b やなせたかしさん、がん患っていた 最期は「アンパンマン」に囲まれて オリコンスタイル 2013年10月15日閲覧
- ^ やなせたかしさん死去 「アンパンマン」で子供魅了 日本経済新聞 (2013年10月15日 15:13)。
- ^ やなせたかしさん死去 高知新聞(2013年10月15日) (PDF)
- ^ “「アンパンマン」のやなせたかし氏死去 94歳”. スポーツニッポン. (2013年10月15日) 2013年10月15日閲覧。
- ^ やなせたかしが94歳で逝去。「アンパンマン」シリーズなど コミックナタリー 2013年10月15日
- ^ “やなせたかしさん 95歳誕生日にしのぶ会 戸田恵子ら感謝の言葉”. スポーツニッポン. (2014年2月6日) 2014年3月3日閲覧。
- ^ 宮城まり子さん「僕のちしお、感動」 やなせさん死去 朝日新聞 2013年10月15日閲覧
- ^ 【追悼】「やなせ先生こそがアンパンマン」 日テレNEWS24 2013年10月15日閲覧
- ^ “ジャムおじさん”“ばいきんまん”らも沈痛「自分自身を失うよう」 ORICON STYLE 2013年10月16日閲覧
- ^ やなせたかし氏死去、緒方恵美・古川登志夫・新田恵海らが追悼コメント クランクイン 2013年10月15日閲覧
- ^ やなせさんの“遺言”掲載 責任編集の季刊誌19日発売 スポーツニッポン 2013年10月16日閲覧
- ^ “やなせたかしさん墓 出身地、高知県実家の跡地公園に”. スポーツニッポン新聞社 (2013年10月21日). 2014年7月17日閲覧。
- ^ やなせたかし先生のお墓への行き方と場所 - 香美市観光協会スタッフブログ
- ^ “高知県南国市に「やなせたかし・ごめん駅前公園」が完成”. 高知新聞. (2016年6月2日). オリジナルの2016年6月4日時点におけるアーカイブ。 2016年6月5日閲覧。
- ^ “「やなせ公園」で遊ぼっ”. 読売新聞. (2016年6月2日) 2016年6月5日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “生誕100年記念し特別展 やなせたかしさん故郷で”. 産経ニュース. 産経新聞社 (2019年2月6日). 2019年2月6日閲覧。
- ^ “高知県名誉県民顕彰”. 高知県. 2022年7月25日閲覧。
- ^ 『増補改訂版 やなせ・たかしの世界』p95より、また糸井重里との対談でアンパンマンの第1作である『あんぱんまん』の絶版を版元のフレーベル館に申し立てたもののベストセラー本の為拒否されたエピソードを明かしている(「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里、ほぼ日刊イトイ新聞、2013年8月8日)。
- ^ 『アンパンマンミュージアム ガイドブック』p70より、やなせによると納得のいく仕上がりに達するまでに習作を繰り返すようになるなど作品のクオリティに対する拘りが強くなったのが原因だとしている。
- ^ 『アンパンマンのおはなしでてこい』シリーズ
- ^ 『西原理恵子の人生画力対決』シリーズより
- ^ 『西原理恵子の人生画力対決』1巻より
- ^ 『西原理恵子の人生画力対決』より
- ^ 『人生なんて夢だけど』
- ^ 東京新聞2013年10月16日付、追悼記事『人生楽しむ達人』。
- ^ 岩波書店『アンパンマンの遺書』
- ^ マンガ家インタビュー | 京都国際マンガミュージアム Archived 2008年10月6日, at the Wayback Machine.
- ^ 『ぶらぶら美術・博物館』2013年6月25日
- ^ 日刊ゲンダイ|やなせたかし氏が「アンパンマン」で残した“遺産400億円”の行方
- ^ 財産目録(平成28年3月31日現在) 日本漫画家協会
- ^ “やなせたかしさん死去!麒麟・川島「先週ブログに思い出を書いたばかり…」”. J-CASTテレビウォッチ. (2013年10月16日) 2018年11月23日閲覧。
- ^ “CDうなぎ小唄”. やなせスタジオ(アンパンマンショップ). 2009年4月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月10日閲覧。
- ^ “やなせたかしさんの歌再び 高知県香美市の保育園が秋に披露”. 高知新聞 (2015年4月14日). 2015年11月12日閲覧。
- ^ “故やなせたかしさん:香美の保育園児に作った歌「復活」 あす、市のイベントで披露/高知”. 毎日新聞社 (2015年11月14日). 2015年11月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月15日閲覧。
- ^ やなせたかし 生誕100周年記念ページ(フレーベル館)
- ^ NHKネットクラブ 番組詳細
やなせたかし
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1960年代から晩年まで親交があった。手塚は劇場アニメ『千夜一夜物語』(1969年)に当時まだ大人漫画家として活動し現在ほど有名でなかったやなせを美術監督として起用し、キャラクターデザインもやなせに依頼している。そのお礼として手塚はポケットマネーを出して、やなせの原案によるアニメ映画『やさしいライオン』を制作した(大藤信郎賞を受賞)。
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