映画情報 |
やさしいにっぽん人
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1971 |
| 配給: |
| スタッフ | |
| 監督: | 東陽一 ヒガシヨウイチ |
| 製作: | 高木隆太郎 タカギリュウタロウ |
| 脚本: | 東陽一 ヒガシヨウイチ |
| 前田勝弘 マエダカツヒロ | |
| 撮影: | 池田伝一 イケダデンイチ |
| 音楽: | 東陽一 ヒガシヨウイチ |
| 田山雅光 タヤママサミツ | |
| 美術: | 平田免郎 |
| 永沼宗夫 ナガヌマムネオ | |
| 編集: | 東陽一 ヒガシヨウイチ |
| 関沢孝子 セキザワタカコ | |
| 録音: | 久保田幸雄 クボタユキオ |
| スクリプター: | 江西浩一 |
| 助監督: | 前田勝弘 マエダカツヒロ |
| 石渡邦夫 | |
| 栗原剛志 クリハラタケシ | |
| 照明: | 鈴木直秀 |
| キャスト(役名) |
| 河原崎長一郎 カワラサキチョウイチロウ (シャカ) |
| 緑魔子 ミドリマコ (ユメ) |
| 伊丹十三 イタミジュウゾウ (主任) |
| 伊藤惣一 イトウソウイチ (野口) |
| 石橋蓮司 イシバシレンジ (小西) |
| 蟹江敬三 カニエケイゾウ (シゲ) |
| 寺田柾 (堺) |
| 横山リエ ヨコヤマリエ (マキ) |
| 渡辺美佐子 ワタナベミサコ (物語の女) |
| 大辻伺郎 オオツジシロウ (一○四号の男) |
| 平田守 ヒラタマモル (薬局店主) |
| 桜井浩子 サクライヒロコ (若い母親) |
| 東山千栄子 ヒガシヤマチエコ (お婆さん) |
| 秋浜悟史 アキハマサトシ (根元又三郎) |
| 陶隆 スエタカシ陶隆司 (柾便所の男) |
| 解説 |
| 昭和二十年、沖縄慶良間列島渡嘉敷島の集団自決を生きのびた赤ん坊であり、今は何もそのことを記憶していないという暗示的な運命を持つ「シャカ」と呼ばれる青年と、その恋人や友人たちの、真の「ことば」を求めての魂の遍歴の記録として、映画は展開される。脚本は「沖縄列島」の東陽一と前田勝弘、監督も同作の東陽一。撮影も同作の池田伝一がそれぞれ担当。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 深い霧の様に閉ざされた情況の中を疾走するには、あまりにノロすぎるオートバイで虐殺の島、渡嘉敷からそのヘソの緒を後生大事にひきずりゆく男シャカ。故郷に言葉を置き去りにしてきた謝花治は、すでに国家や他者を切り裂く言葉を持たない。引用野郎と呼ばれながらも、ひたすら他人の言葉をしゃべり続け彼の奥深く、何かが沈殿してゆく。ジュラルミンの楯の不気味な程鋭角的響きと、軍靴の音が肌に伝わる日本列島の中で、彼の仲間達はアモルフな情念に全てを託す。ヒタヒタと気味悪く、しかも確実に押し寄せるみえざるものの前に、言葉は、映像はからめ取られた自由に過ぎないのか。堺は、言葉を機関銃のようにぶっぱなし、それを〈暴力〉にまで昇華させようと夢みる。小西はひたすら沈黙の言葉を拾う。もはや悲劇としては何も語り得ない。突然シャカをぶんなぐる警官達。殺人には必ず理由をつけたし、自分を納得させる人々。悲劇のないのが現代なのかもしれない。あるのは真剣な冗談。人々はそこにふとやさしさと闘いを見ることがある。ただそれだけだ。シャカはどうしようもなくダメな奴なのか、それとも彼こそが情況を、その奥深いところで切り裂く武器を磨ぎ冴ましているのか。とにかくシャカは出発する。どこへともなく。 |
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