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美術用語辞典

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もの派

1960年代後半から1970年代にかけて、素材にほとんど加工加え素材直接的提示してインスタレーション試みた、日本一連の作家表現行為に対して名付けられたネーミング作家のほとんどが絵画出身であったことが特徴的で、アルテポーベラなどの影響もあったが、独自の展開もあった。この一連の作家達の活動は、1970年代以降素材への関わり方のスタンスとして、様々な作家影響与えており、戦後日本の美術の重要な動向のひとつであった。


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もの派

読み】:モノハ
【英】:MONO SCHOOL

1960年代後半から70年代にかけて、日本で独自に展開した運動。土、石、木、などの素材にあまり手を加えず、ほとんど直接的提示する立体構成を行った一連の作家につけられた名称。1968年関根伸夫が、公園大地円柱形の穴を堀り、その土を用いて同形円柱立てる「位相大地」を発表大きな衝激を与えた。やや遅れて、斎藤義重の影響下から、小清水漸、木志雄など多く作家輩出理論的支柱となった季禹煥は、ハイデッガー存在論などを参照しつつ、西欧近代批判を軸とした「世界構造理論等を積極的に発表し、木志雄は「もの」の放置の状態を問題とする理論を展開。一方高山登倉康二は、枕木廃油、布、紙、コンクリート塊などの物質性を強調する作品制作。彼ら「もの派」初期仕事は、1960年代初頭登場した田中信太郎、高松次郎や、一部概念的傾向作家にも影響を広げた。1980年代にも「もの派」抜きには考えられない作品多く発表されており、戦後日本美術における重要な動向一ついえよう


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もの派

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/19 05:48 UTC 版)

「もの派」は、1960年代末に始まり、1970年代中期まで続いた日本の現代美術の大きな動向である。石、木、紙、綿、鉄板、パラフィンといった〈もの〉を単体で、あるいは組み合わせて作品とする。それまでの日本の前衛美術の主流だった反芸術的傾向に反撥し、ものへの還元から芸術の再創造を目指した。「もの派」の命名者は不明。1968年関根伸夫が『位相—大地』を発表し、李禹煥がそれを新たな視点で評価し、理論づけたことから始まる。このふたりが始めた研究会に、関根の後輩である吉田克朗、本田眞吾、成田克彦、小清水漸、菅木志雄(いずれも多摩美術大学の齋藤義重(斎藤義重)教室の生徒)が参加し、つぎつぎに作品を発表したことで注目された。かれらは「李+多摩美系」と呼ばれる。ほかに「芸大系」の榎倉康二・高山登、「日藝系」の原口典之が注目すべき活動をしている。




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