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土崎神明社祭の曳山行事
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/03/19 17:40 UTC 版)
(みなと祭り (秋田市土崎港) から転送)
土崎神明社祭の曳山行事(つちざきしんめいしゃさいのひきやまぎょうじ)は、土崎神明社の例祭[1]で、秋田県秋田市土崎港地区で18世紀から続いている祭典行事。毎年7月20日の宵宮と21日の本祭りの2日間に渡って行われる。
曳山行事の呼称は、地元・土崎では「みなと祭り[注 1]」である(「港祭り」とも書く)。そのほかの呼び方として、「土崎港曳山まつり[2]」「港曳山祭り[3]」があるが、口頭で用いられることはあまりない。なお、土崎地区以外の秋田市民であれば、単に「土崎の祭り」という呼び方をすることが多い。
- ^ 曳山行事の直前に土崎経済同友会が土崎地区全世帯に毎年配布しているガイド冊子の名称は現在『港曳山祭りのしおり』であるが、2004年(第33号)までは『みなと祭りのしおり』であった。
- ^ 以前は「曳山車」と書いていたが、文化財の指定にあたり「車」の文字をはずすことになった[要出典]。
- ^ 2008年現在52町内が奉賛会に加盟しており、そのうち曳山を所有する町内は35町内[要出典]。
- ^ 会所となる場所は、多くの町内の場合、町内集会所であるが、一般の住宅や倉庫を会所とする町内もある。
- ^ 地元では音だけの花火を‘のろし’と呼ぶ。
- ^ 俗に、戻り曳山の反対語ととして「行き曳山(いきやま)」とも呼ぶ。
- ^ 曳山が渋滞しやすいため、前の号車が進むまでの時間つなぎで演芸を行うこともある。
- ^ 酒に酔っている曳子が多いことから、俗に「酔っ払いやま」とも言う(ただし、泥酔者には曳山を曳かせない)。
- ^ 太平洋戦争後に血なまぐさい場面が多いと禁止されていたが、少し軟らかく復活させたのだという[要出典]。
- ^ 天然物の材料が入手困難になってきている。
- ^ 演芸は昭和期に入ってからの風習だが、「踊りを奉納する」と表現することが多い[要出典]。
- ^ 1931年に、現在の新町(しんまち)(当時の下新町)が芸者衆に踊りを披露させたのが、一般の曳子の踊りの初めと言われる[要出典]。
- ^ 町内によっては、浴衣ではなく半纏で揃えるところもある。また、演芸をする者が半纏で揃える町内、はたまた、戻り曳山のときだけ半纏を着用する町内もある。
- ^ サラリーマンの給料とは違う意味であることに注意。
- ^ 従来は9年周期であったが、町内が増え、3町内から5町内で統前を取り仕切るようになっているのに対し、相染町が12町内で仕切るので、相染町が5年ごとに統前を実施することと決め、統前のサイクルは10年に変更された[要出典](事実上の実施開始時期は、2010年に相染町が統前を務めたときから)。
- ^ 2006年から「統前町実行委員長」。『みなと祭りのしおり』・『港曳山祭りのしおり』第8号 - 34号によれば、過去には「年番町祭典委員長」(1979年 - 1982年)・「年番町祭典総括委員長」(1983年 - 1984年、1988年 - 1990年)・「年番町総代」(1985年)・「祭典総括委員長」(1986年)・「統前町祭典総括委員長」(1987年)・「年番町大祭典委員長」(1991年)・「大祭典委員長」(1992年、2001年、2003年 - 2005年)・「大祭典総括委員長」(1993年 - 2000年、2002年)。
- ^ 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、1頁
- ^ 土崎港曳山まつり実行委員会
- ^ a b c 『港曳山祭りのしおり』土崎経済同友会、第40号(土崎地区全世帯配布)、2011年、表紙
- ^ 秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編集『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、142-143頁
- ^ a b 秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編集『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、84頁
- ^ 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、28頁
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、60-67頁
- ^ a b c d e f g 港ばやしの曲目(港ばやし保存会)
- ^ a b c 秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編集『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、170-171頁
- ^ 曳山行事(土崎神明社)
- ^ a b 秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編集『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、137-158頁
- ^ 細川レコード2011年7月閲覧
- ^ a b c d 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、68頁
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編集『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、77-83頁
- ^ a b 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、37頁
- ^ a b c d 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、41-42頁
- ^ イザベラ・バード「日本奥地紀行」
- ^ 1991年、港和会顧問 大川正二作成の図表による(秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、96頁)
- ^ 秋田市 土崎支所 土崎港曳山祭りを参照。
- ^ a b c 秋田市教育委員会・「土崎港祭りの曳き山行事」調査記録委員会編集『土崎神明社港祭り曳き山行事』土崎神明社社務所、1993年、153-154頁
- ^ a b 土崎経済同友会『みなと祭りのしおり』・『港曳山祭りのしおり』第1号 - 40号(1972年 - 2011年)
- ^ 秋田市住居表示旧新対照一覧 ツ
- ^ 秋田市住居表示新旧対照一覧 シ(将軍野)
- ^ 土崎神明社奉賛会『曳山 土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会、2002年、78頁
- ^ 銭谷名誉会長逝去(土崎神明社)
- ^ 秋田魁新報 2010年3月24日4面 喪主名での銭谷象二郎死亡広告に「長男 銭谷眞美」の記載あり。
- ^ 秋田魁新報 2010年3月25日3面 土崎神明社名での銭谷象二郎死亡広告に「当神社奉賛会名誉会長 銭谷象二郎殿」の記載あり。
- ^ 土崎経済同友会『みなと祭りのしおり』第21号(1992年)、第22号(1993年)