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ぼくらの冒険旅行

原題:Le Dangereux Voyage
製作国:ユーゴスラヴィア
製作年:1963
配給:日活
スタッフ
監督:Mate Relja マテ・レリア
脚本:Anton Ingolic アントン・インゴリッチ

Mate Relja マテ・レリア
撮影:Branko Blazina ブランコ・ブラジナ
音楽:Danilo Danev ダニロ・ダネフ
キャスト(役名
Marinko Sosic マリンコ・チョシッチ (Girl (8 years))
Zlatko Kovacic ズラトコ・コバチッチ (Boy (10 years))
Zoran Relja ジラン・レリヤ (Boy (12 years))
解説
アントン・インゴリッチマテ・レリア脚本マテ・レリア演出した、戦時児童ドラマ撮影ブランコ・ブラジナ音楽ダニロ・ダネフ担当した。出演マリンコ・チョシッチズラトコ・コバチッチジラン・レリヤの子供たちほか。一九六三年のベニス児童映画祭“ゴールデン・ライオン賞”を受賞している。なお、白川澄子ほかによる日本語版を、K・K日本短編映画社が担当した。なお、これは日活系で邦画同時上映
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
第二次大戦中、ナチ軍隊占領虐殺ほしいままにしている頃、ユーゴ人の抑留所に病気のミリツァという少女がいた。同じ少年スラフコはミリツァに親切だったが、故郷リンゴを食べたいという少女願いを聞いた少年は、ヤンコというみなし児を誘って、抑留所を脱け出すことに成功した。だがそれからが大変、見も知らぬ土地、いつナチ追跡をうけるかわからない恐怖二人必死になって南へ向って歩いた。途中、親切なチェコ人機関士汽車で送られたが、激しい戦火の中、すぐ二人だけになってしまった。冷たい雨にあった。空腹にもなる。そのうち一匹を友にした。乏し食糧をわけてやったのだ。また、戦争子供を失った女の人善意空腹を充たしてくれた。その家にもリンゴはあったが、「故郷」のリンゴをとりに二人の旅は続けられた。オーストリアについた。そこでヒトラー少年隊に追われたがが傷つきながら二人を救った。のち、トラックに乗せてもらったことが、二人ナチに渡される結果になった。それも護送中、ユーゴ愛国ゲリラ隊の襲撃を受け、二人奇跡的に助かり、故郷にたどりついた。鈴なりのリンゴ。ところがナチ軍はここにも砲撃してきた。二人はその銃弾の中を夢中で拾って歩いた。「早くかえって来てね」という、待ちこがれるミリツァの声が聞えてくるような気がした。そして、リンゴは無事ミリツァに届けられたのだった





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