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び子内親王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/04/09 08:37 UTC 版)
| 本来の表記は「媄子内親王」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
媄子内親王(びし(よしこ)ないしんのう、「び」の字は「女偏+美」、長保2年12月25日(1001年1月12日) - 寛弘5年5月25日(1008年6月30日))は、平安時代中期の皇族。一条天皇の第2皇女で、母は皇后藤原定子。同母兄姉に敦康親王・脩子内親王がいた。
長保2年(1000年)12月、前但馬守平生昌の邸宅で誕生したが、出生直後に母定子と死別した。祖母である東三条院藤原詮子に引き取られて養育され、この時期に内親王宣下を受けたと推察される。長保4年(1002年)、3歳で袴着を行う。寛弘5年(1008年)正月、清水寺に参籠するが、同年5月信濃守藤原佐光の郁芳門第で薨去。享年9で無品だった。
一説には、清少納言は定子が死去した後も媄子内親王の侍女として引き続き出仕していたとも言われている。
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