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映画情報

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ひとりの母の記録

原題:
製作国:日本
製作年:1955
配給:
スタッフ
演出:京極高英 キョウゴクタカヒデ
製作:小口禎三 
脚本:岩佐氏寿 イワサウジヒサ
撮影:加藤和三 カトウ
キャスト(役名
解説
主婦中心として信州伊那谷養蚕農家を例に農村問題を描く。一般向、映画祭入賞社会教育部門第一位)の自主作品下伊那郡山吹下伊那教育委員会協力
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
「いま農村婦人がどんな立場にあるか、それが農村問題とどんな関係をもつか、ひとりの母をとおして追求してみました」と製作意図は語る。「しかし、この映画農村問題解決し、明確な答を出そうなどとは考えていません。ただ農村問題考えてゆくうえに、一つ足がかりとして利用していただきたい」 桑畑でおおわれた伊那谷の山丘や斜面から、つくりの大きな養蚕農家紹介となるが巻頭音楽はない。父、祖母年頃長男長女は町の製糸工場出稼)、次女、弟、保育園の妹たちが朝食最中で、いそがしい母は食事最後となる。六反の田畑をもつ宮沢一家はよく働くが、特に養蚕麦刈田植えの重なる六七月となると一家中心である母のいそがしさは大変なものだ。立ち働く母の姿を残酷なまでによく追う。しかも元の地主から手伝い求められれば断われず、かんじんの父と長男手伝いにいって、その分がまた母にかかる。そこになどがふってくれば取入れのため戦場のような騒ぎとなる。 そのころ工場長女から家のいそがしさを案ずる手紙がくるが返事をかくまもないのため洗たくも真夜中にする始末だ。おまけに病気が出て不足となり、農協仲買人からをあつめる。を買ったのでは損だが、せめて桑畑にいれた肥料代ぐらいは取戻さねばならぬいそがしさにやつれた母の顔は無類演出助けられ全篇通じて俳優などにはない演技上の演技をみせ特筆に値いする。あわただしく働く母の画面次女の声が「お母さんはもと製糸女工で、五人の子を生み働きつづけてきたが、私もお嫁にいったらお母さんみたいになるのでしょうか」と訴える。 ようやくマユをかけはじめ、赤字でも一家はあかるく、はじめて母の顔もほころびる。しかし、このヒマ利用して田植えなされるマユ組合に収められるが肥料代などが差引かれると何ほども残らない。そしてマユをつんだトラック村道走りさり、ほこりの中に見送る母はこぼれマユをひろう。 次女製糸工場補欠試験をうけ、パスして母娘は町にワンピースを買いにゆく。例年カイコ祭が催されて老人連はジョウルリ語りふるまいに喜ぶ。だが青年たちは集まると出かせぎの話がはずむ宮沢家の長男現金の入る林道つくりの出かせぎにゆき、母はいつもの通りあきらめて見送るだけだ。すぐ麦こきがきて息子の分は一家の肩へかかり母は一層あせにまみれる。家を思う長女から再び手紙がきて「みんながバラバラに出かせぎしても、ふつうの百姓がたべてゆけないのは、どこかがまちがっているに相違ない」と思いつめた言葉である。それを祖母などはあきらめているわけだが母はただ黙々と、お嫁のとき持参した着物工場へ立つ次女のこおりに入れる。そして娘を駅に送った母はその帰途、同じような母たちが、きょうも田んぼに働く姿をみる。ハミングが高まる。





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