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藤田まこと

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/21 14:24 UTC 版)

(はぐれ亭馬之助 から転送)

藤田 まこと(ふじた まこと、1933年4月13日 - 2010年2月17日)は、日本俳優歌手コメディアン。本名は原田 眞(はらだ まこと)。 

東京府東京市(現:東京都豊島区池袋生まれ、京都府京都市育ち。京都市立堀川高等学校中退[1]。俳優の藤間林太郎は父。大正三美人の一人林きむ子は伯母[2]。曾我廼家喜劇の女形であった曾我廼家弁天は伯父[3]。『必殺仕事人V』『必殺橋掛人』の主題歌「さよならさざんか」を歌った藤田絵美子(現・EMIKO)は実娘。血液型AB型。身長174cm。

オフィス斉藤所属。過去には渡辺プロダクション、新演技座(個人事務所)に所属していた。2002年に紫綬褒章を受章。


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  1. ^ 藤田によると、物心ついた時林太郎は俳優として落ち目になっていた。しかし「売れないことやお金がないことを苦にするふうでもなく、きれいに、美しく落ちて行った」という。藤田は俳優として陰がある人物や必ずしも成功者とはいえないような人物を演じることを好んだが、かつては父親の生き様の影響かもしれないと述べている(藤田1991、40-43頁。)。1964年、藤田は梅田コマ劇場で上演された「てなもんや三度笠」の舞台で林太郎と共演した。これが親子の唯一の共演である(藤田2006、31-32頁。)。この時林太郎は「俺から見てもおまえは絶対にうまい俳優じゃない。人気だって急に出た人気だ。おまえから俺を見ても、うまい役者だとはとても思えないだろう」「親子揃って大根役者だ。そんな二人が客の前で恥をかくのはやめよう。恥かくんなら別々に恥かこう」と述べ、自分が俳優を続けるとまた共演の話がくるという理由で廃業し、出版社で校正の仕事をするようになった(藤田1999、88-89頁。)。藤田は林太郎から「道の真ん中を歩くのはお客さん。芸人は道の脇を歩け。」と教えられ、終生その教えを守った(藤田2006、35頁。)。
  2. ^ 2006年9月、藤田は著書『最期』で兄について執筆したのを機に沖縄を訪れ、那覇沖の海に白米のおにぎり、卵、花束、を投げ入れて冥福を祈った(藤田2006、216-220頁。)。
  3. ^ 「家」の履歴書』(210頁)によると中学校2年の時、『最期』によると高校1年の時、『年をとるのも悪くない』(36頁)によると1949年。
  4. ^ 藤田は俳優となった後も歌に自信を持っていた。ただし小節を回せず、演歌は苦手だった(藤田1999、146頁。)。
  5. ^ 藤田は『てなもんや三度笠』出演を決めた当時の自らの格について、中田ダイマル・ラケット森光子横山エンタツ花菱アチャコミヤコ蝶々南都雄二ら一軍、芦屋雁之助芦屋小雁大村崑佐々十郎茶川一郎ら二軍に次ぐ三軍であったと述べている。
  6. ^ 同番組のスポンサーであった前田製菓のCMにおける「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー!」などのギャグが人気を博した。
  7. ^ 藤田によると、三木のり平森繁久彌を除く当時の喜劇俳優とはすべて共演した(藤田1999、109頁。)。唯一藤田のほうから共演を拒否したのがかつて藤田をいじめたことのある佐々十郎であった(部屋付きで佐々の世話をしながら芝居に出ることになったが佐々が拒否したため、楽屋なしで出演する羽目になった。藤田2006、129-132頁。)。
  8. ^ この時にできた負債を巡り、藤田の妻に対して融資していた大阪市内の金融業者(経営破綻済)の破産管財人が、藤田夫妻に対して貸付金3億円の支払いを求め訴訟を起こし、藤田は「妻が勝手に印章を捺した」「この業者は違法な高金利で貸し付けていた」などと主張するも受け入れられず、大阪地裁から2009年9月7日に、藤田夫妻全面敗訴の判決を言い渡された(藤田まことさん夫妻に3億円支払い命令…大阪地裁 読売新聞 2009年9月8日 、藤田まことさん:夫妻に3億円支払い命令--大阪地裁 毎日新聞 2009年9月8日)
  1. ^ 藤田1991、72頁。
  2. ^ 父の姉(異父姉)(森2000、41-42・50-53頁。)。
  3. ^ 父の兄(異父兄)(森2000、41-42・50-53頁。)。
  4. ^ 藤田2006、7頁。
  5. ^ 藤田2006、7頁。
  6. ^ a b c 週刊文春(編)2001、209頁。
  7. ^ 週刊文春(編)2001、208-209頁。
  8. ^ 藤田2006、6・8頁。
  9. ^ 藤田2006、9-10頁。
  10. ^ 藤田2006、11頁。
  11. ^ 藤田2006、10-11頁。
  12. ^ 藤田2006、15頁。
  13. ^ 藤田2006、16-17頁。
  14. ^ 藤田2006、12頁。
  15. ^ 藤田2006、17-18頁。
  16. ^ 藤田2006、5-6頁。
  17. ^ 藤田2006、9頁。
  18. ^ 藤田2006、17-18頁。
  19. ^ 藤田2006、35頁。
  20. ^ 藤田2006、18頁。
  21. ^ 藤田2006、42頁。
  22. ^ 藤田2006、19-20頁。
  23. ^ 藤田2006、22-23頁。
  24. ^ 藤田2006、23-26頁。
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  26. ^ 藤田1991、36頁。
  27. ^ 週刊文春(編)2001、210頁。
  28. ^ 藤田2006、42-44頁。
  29. ^ 藤田2006、45頁。
  30. ^ 藤田1999、135頁。
  31. ^ 藤田2006、46-47頁。
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  33. ^ 藤田2006、48-51頁。
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  36. ^ 藤田2006、51-53頁。
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  41. ^ 藤田2006、57-59頁。
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  43. ^ 澤田2002、154頁。
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  46. ^ 藤田2006、64頁。
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  48. ^ 藤田2006、65頁。
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  50. ^ 藤田2006、68頁。
  51. ^ 藤田2006、69-71頁。
  52. ^ 藤田2006、71頁。
  53. ^ 藤田2006、79-80頁。
  54. ^ 藤田2006、75頁。
  55. ^ 藤田2006、73頁。
  56. ^ 藤田2006、75頁。
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  60. ^ 藤田1999、158頁。
  61. ^ 藤田1999、158頁。
  62. ^ 藤田1999、159頁。
  63. ^ 藤田2006、80頁。
  64. ^ 藤田2006、169-172頁。
  65. ^ 藤田2006、172-173頁。
  66. ^ 藤田まことさん、食道がんで舞台降板 2008年4月16日 讀賣新聞閲覧
  67. ^ 藤田まことさん、肺疾患で連ドラ「JIN」降板へ- 読売新聞 2009年11月15日、同日閲覧。代役は中村敦夫が立てられた。
  68. ^ 訃報:藤田まことさん76歳=俳優「てなもんや」「必殺」-(日本語)毎日新聞、2010年2月18日
  69. ^ まこちゃんは大阪人の宝 大村崑さん 読売新聞 2010年2月18日閲覧参照
  70. ^ htm 藤田まことさん偲ぶ会 発起人に森光子ら サンケイスポーツ 2011年11月6日閲覧
  71. ^ 藤田まことさんしのぶ会に黒柳徹子、東山紀之ら約600人 スポーツニッポン 2011年11月25日閲覧
  72. ^ 藤田2006、174-175頁。
  73. ^ 藤田1991、16-17頁。
  74. ^ 藤田1991、18頁。
  75. ^ 藤田1991、54頁。
  76. ^ 藤田2006、134-136頁。
  77. ^ 藤田2006、135-136頁。
  78. ^ 藤田1991、55-56頁。
  79. ^ 藤田1991、142頁。
  80. ^ 藤田1999、127頁。
  81. ^ 藤田2006、162-163頁。
  82. ^ 藤田1999、135頁。
  83. ^ 藤田2006、81-82頁。
  84. ^ 藤田2006、82頁。
  85. ^ 藤田2006、97-98頁。
  86. ^ 藤田1999、116-117頁。
  87. ^ 藤田1999、117頁。
  88. ^ 藤田1999、32頁。
  89. ^ 西川きよし感謝の涙「昔弟子入り断られた」…藤田まことさん葬儀・告別式スポーツ報知、2010年2月20日。
  90. ^ 藤田2006、109-110頁。
  91. ^ 藤田2006、89-90頁。
  92. ^ 藤田2006、91-95頁。
  93. ^ 藤田1999、193-194頁。
  94. ^ 藤田1999、194-195頁。
  95. ^ 藤田2006、182-183頁。
  96. ^ 藤田2006、183-185頁。
  97. ^ 藤田2006、185-186頁。
  98. ^ 藤田2006、186頁。
  99. ^ 藤田2006、147-150頁。
  100. ^ 藤田2006、160頁。
  101. ^ 藤田1999、115頁。
  102. ^ 藤田1999、31頁。
  103. ^ 藤田2006、203-206頁。
  104. ^ 藤田1999、6-30頁。
  105. ^ 藤田1999、31-33頁。
  106. ^ 藤田1999、83頁。


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