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にちおう にちあう 【日奥】
(1565-1630) 安土桃山・江戸初期の日蓮宗の僧。不受不施派の祖。京都の人。豊臣秀吉の千僧供養への招きを断って丹波に隠れ、のち徳川家康により対馬(つしま)に流された。在島13年ののち許されて妙覚寺に住したが、再度対馬流罪の決定する直前、死亡した。
→不受不施派
→不受不施派
実用日本語表現辞典 |
美術人名辞典 |
日奥
読み方:にちおう
安土桃山・江戸前期の日蓮宗の僧。不受不施派の祖。京都生。字は教英、号を安国院・仏性院。妙覚寺日典の法を嗣ぎ、同十九世となる。豊臣秀吉主催の千僧供養会への出仕を拒否したため流罪となる。のち許されるが本満寺の日重らと対立。また徳川家康による大坂城での供養会への出仕も拒否したが、身延山の日乾らと対論し敗北したため、歿後再び流罪の判決を受けた。著に『宗義制法論』等。寛永7年(1630)歿、66才。
安土桃山・江戸前期の日蓮宗の僧。不受不施派の祖。京都生。字は教英、号を安国院・仏性院。妙覚寺日典の法を嗣ぎ、同十九世となる。豊臣秀吉主催の千僧供養会への出仕を拒否したため流罪となる。のち許されるが本満寺の日重らと対立。また徳川家康による大坂城での供養会への出仕も拒否したが、身延山の日乾らと対論し敗北したため、歿後再び流罪の判決を受けた。著に『宗義制法論』等。寛永7年(1630)歿、66才。
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