戦国武将覚書 |
成田氏長(なりた うじなが) 1542~1595
○下総守
◇父:成田長泰 弟:小田伊賀守家時
藤原氏流と称す。父と家督相続で争いになるが、1566年家督を継いで武蔵・忍城主となった。相模・北条氏に従う。豊臣秀吉の小田原攻めの際には早くからこれと内通していたが、小田原城籠城に参加していた為、内通を知らされていない忍城兵は、攻め寄せた石田三成の水攻めに対し抗戦、これを撃退してしまう。戦後内応失敗の責を問われるが、金品の献上により恭順を許され下野・烏山に封を得た。秀吉の側室に娘を差し出したともいわれる。文禄の役では、肥前・名護屋駐屯。京で没後は弟長忠(泰親)が遺領を継いだ。
◇父:成田長泰 弟:小田伊賀守家時
藤原氏流と称す。父と家督相続で争いになるが、1566年家督を継いで武蔵・忍城主となった。相模・北条氏に従う。豊臣秀吉の小田原攻めの際には早くからこれと内通していたが、小田原城籠城に参加していた為、内通を知らされていない忍城兵は、攻め寄せた石田三成の水攻めに対し抗戦、これを撃退してしまう。戦後内応失敗の責を問われるが、金品の献上により恭順を許され下野・烏山に封を得た。秀吉の側室に娘を差し出したともいわれる。文禄の役では、肥前・名護屋駐屯。京で没後は弟長忠(泰親)が遺領を継いだ。
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