なつかしき笛や太鼓とは?

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映画情報

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なつかしき笛や太鼓

原題:
製作国:日本
製作年:1967
配給:東宝
スタッフ
監督:木下恵介 キノシタケイスケ
製作:藤本真澄 フジモトサネズミ

木下恵介 キノシタケイスケ

金子正且 
脚本:木下恵介 キノシタケイスケ
撮影:楠田浩之 クスダヒロユキ
音楽:木下忠司 キノシタタダシ
美術:松山崇 マツヤマタカシ
編集:杉原よ志 スギハラヨシ
録音:中川浩一 ナカガワコウイチ
スクリプター:秦大三 
照明:下村一夫 シモムラカズオ
キャスト(役名
夏木陽介 ナツキヨウスケ (家田徹)
大空真弓 オオゾラマユミ (小西道子
高橋洋一郎  (健一(幼児))
浦辺粂子 ウラベクメコ (お婆ちゃん)
藤原釜足 フジワラカマタリ (網元
小坂一也 コサカカズヤ (大塚先生
谷口完 タニグチカン (校長
加藤文穂 カトウ (鈴木先生
山口真代  (村井先生
大田康人  (山口教頭
前川忠夫  (佐々木先生
初音礼子 ハツネレイコ初音麗子 (豊の母)
仁礼功太郎 ニレコウタロウ (花子の父)
山村弘三 ヤマムラコウゾウ (三郎の父)
中田光彦 ナカタミツヒコ (留吉の父)
千村克子  (太郎の母)
牧野児郎  (清子の父)
山本稔 ヤマモトミノル (公子の父)
三沢弥太郎  (山田教頭
ヤシロセブン  (元島校長
北原将光  (新校長
志摩靖彦 シマヤスヒコ (体育会長)
ほか小手島の子供  (不明
解説
愛の手紙は幾歳月」の木下恵介シナリオ執筆し、「香華」いらい久々に監督担当した木下プロ第一作品撮影も「香華」の楠田浩之
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
春の瀬戸内海を家田徹と妻道子感慨深げに四国丸亀市に向っていた。小手島での十三年間教員生活にいま別れを告げたところだった。−−昭和二十年の春。徹は婚約中の同僚道子反対押し切って離島教員として小手島赴任した。徹はかつて、戦友逆境助けることができずに彼を死に追いやったが、その遺児健一が母を失い孤児となってこの島にいると知った時、健一を育てようと決心していたのだった周囲キロの島の学校複式学級で酒とバクチ明け暮れする大人たちの中で生徒たちの心はすさみきっていた。彼らは努力することを忘れ生徒たちは近島合同運動会でもいつもビリで、誇りを持つことを知らなかった。そんな生徒たちに、徹はバレーボール通して努力して目的達することの尊さ教えようと、コートを作った。第一障害は、ボール興味を示さない生徒たちで、次に島民男女混成運動好ましくないと、徹の気を挫いた。だが、徹の根気よい指導説得で、生徒たちはバレーボール楽しさと、努力する精神を学んでいった。そんなある日、徹の努力で、塩飽全島中学生丸亀市におけるバレーボール大会に、小手島チーム参加することが決定した。生徒たちに自信持たせるチャンスと喜んだ徹は生徒励まし練習重ねたが、生徒たちもそれに応えて、ある時は朝モヤをついて、またある時は日没まで練習するのだった。そして試合の日、他校比べ貧し服装小手島チームはしかし、素晴らしいファイトで勝ち進み、ついに優勝したのだったそれ以来小手島生徒たちの顔には、子供らしい明るさが見られるようになり、父兄たちの生活も改まってきた。−−それから十三年後のいま、徹と道子息子となった健一の高校進学のために、徹と道子島民盛大な見送りを受けて丸亀市に向っていた。





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