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ちょうせん-せんそう てうせん―さう 【朝鮮戦争】
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【朝鮮戦争】
1950年1月のアメリカ国務長官アチソンの「米国が責任をもつ防衛ラインはフィリピン〜沖縄〜日本〜アリューシャン列島までである。それ以外の地域は責任をもたない。」という発言を聞いた北朝鮮がこれを西側諸国の韓国放棄と受け止め、同年6月、突如として韓国へ軍事侵攻して勃発した戦争。
この北朝鮮軍の奇襲攻撃に対して韓国軍は有効な対処が出来ないまま瞬く間にソウルが陥落すると言う事態に陥った。
これに対しアメリカはソ連が安全保障理事会をボイコットしていたのを利用し、安全保障理事会にアメリカ軍を中心とした国連軍の派遣を要請、可決された。
国連軍は韓国救援のため派兵されたものの敗退を続け、6月末には半島南端の釜山にまで追い込まれた。
同年9月、国連軍総司令マッカーサーはソウル近くの仁川に部隊を上陸させる奇襲作戦に成功しソウルを奪還。 これにより釜山とソウルからの挟撃を受けた北朝鮮軍は撤退を始め、国連軍は10月には平壌を制圧、中国国境に迫った。
しかし、成立したばかりの中国が資本主義国家と国境を隣接することを嫌い軍事介入、義勇軍として大量派兵したために国連軍は押し戻され12月に平壌が、1951年1月には再びソウルが北朝鮮によって奪還された。
これに対し体勢を立て直した国連軍も反撃を開始、同年3月にソウルを再び奪回し、それ以降は北緯38度線付近で戦線が膠着した。
そのため、1953年7月に板門店で休戦協定が結ばれ、北緯38度線付近に軍事境界線が引かれた状態で戦闘が一時中断されている。
「朝鮮戦争」というのは現在の呼称で、当時は「朝鮮動乱」と呼ばれていた。
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- 実録 朝鮮戦争 崔 極 光人社
- 朝鮮戦争の謎と真実―金日成、スターリン、毛沢東の機密電報による アナトーリー・ワシリエヴィチ トルクノフ 草思社
- 朝鮮戦争―金日成とマッカーサーの陰謀 (文春文庫) 萩原 遼 文藝春秋