三省堂 大辞林 |
だて-むねなり 【伊達宗城】
(1818-1892) 江戸末期の宇和島藩主。洋学を重んじて藩政を刷新。将軍継嗣問題では一橋派。安政の大獄で隠居したのちも公武合体を推進。1871年(明治4)欽差大使として清に赴き、通商条約を締結した。
美術人名辞典 |
伊達宗城
読み方:だて むねなり
伊予宇和島藩主・伊予守。山口相模守直勝の次男、宗紀の養子。号に藍山・南洲など。維新王事に尽くし、遠江守・大阪裁判所副総督等を経て、麝香間騨祇侯を務める。明治初期外交の花形。明治25年(1892)歿、67才。
伊予宇和島藩主・伊予守。山口相模守直勝の次男、宗紀の養子。号に藍山・南洲など。維新王事に尽くし、遠江守・大阪裁判所副総督等を経て、麝香間騨祇侯を務める。明治初期外交の花形。明治25年(1892)歿、67才。
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