三省堂 大辞林 |
たけち-ずいざん 【武市瑞山】
(1829-1865) 幕末の志士。土佐藩郷士。名は小楯。通称、半平太。1861年土佐勤王党を組織、吉田東洋を斃して、藩論を尊攘に転換。文久三年8月18日の政変後、藩論は公武合体に傾き、切腹を命じられた。
美術人名辞典 |
武市瑞山
読み方:たけち ずいざん
幕末の土佐藩士・勤王家。土佐藩郷士武市半右衛門正恒の長男。名は小楯、通称は鹿衛・半平太、別号に吹山等、変名を柳川左門。剣術に優れ、江戸に出て桃井春蔵に入門、帰国後、土佐藩剣術指南となる。勤王を目指して土佐勤王党を結成、参政吉田東洋を排斥し藩政改革を図るが、前藩主山内容堂が公武合体の立場から勤王派を弾圧したため、投獄となる。和漢・書画を能くした。慶応元年(1865)歿、37才。贈正四位。
幕末の土佐藩士・勤王家。土佐藩郷士武市半右衛門正恒の長男。名は小楯、通称は鹿衛・半平太、別号に吹山等、変名を柳川左門。剣術に優れ、江戸に出て桃井春蔵に入門、帰国後、土佐藩剣術指南となる。勤王を目指して土佐勤王党を結成、参政吉田東洋を排斥し藩政改革を図るが、前藩主山内容堂が公武合体の立場から勤王派を弾圧したため、投獄となる。和漢・書画を能くした。慶応元年(1865)歿、37才。贈正四位。
たけちずいざんに関連した本
- 武市瑞山關係文書 1 覆刻 (日本史籍協会叢書 137) 東京大学出版会
- 武市瑞山關係文書 2 覆刻 (日本史籍協会叢書 138) 東京大学出版会
- 『武市半平太―ある草莽の実像』批判―併せて我が国史壇批判 横田 達雄 日本図書刊行会
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