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ツービート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/27 13:13 UTC 版)
(たけしきよし から転送)
ツービート(TWO BEAT)は、ビートたけし(本名:北野武)とビートきよし(本名:兼子二郎)の2人による漫才コンビ。1974年結成。きよしはたけしを「相棒(あーいぼう)」と呼び、たけしはきよしを「ビートきよしさん」もしくは「兼子さん」と呼んでいる[1]。
- ^ 年下だが、きよしの方が芸歴が長い為。
- ^ TOKYO FM・JFN系『ビートたけしのラジオ黄金時代 街で一番の男・ビートニクラジオ』(ゲスト:ビートキヨシ、1998年4月12日放送分より)
- ^ ビートたけし作詞・作曲・歌の歌『浅草キッド』に登場する相棒はきよしではなく、たけしがフランス座時代、一緒に活動していたコントコンビの相方が主人公となっている。テレビドラマ版ではこのあたりはストーリーを簡潔にするために、相方ははじめからきよしである事になっている。
- ^ きよし曰く、この名前に改名する際には別の候補として「丸井・西武」という名前もあったという。『ビートたけしのラジオ黄金時代 街で一番の男・ビートニクラジオ』(TOKYO FM・JFN系、ゲスト:ビートキヨシ、1998年4月12日放送分より)
- ^ 自著『浅草キッド』太田出版、1988年、206−208頁。
- ^ 小林信彦『日本の喜劇人』新潮文庫、1982年、313頁。
- ^ 『THE MANZAI』は新しさを売り物にしており、ベテランは40代のやすしきよしが最年長だったほどで出演させなかった。また、東京勢で若手人気ナンバーワンだった星セント・ルイスが演劇を志向して、自ら降りたという事情があった。
- ^ 松本人志、ビートたけし「天才とバカの間」『コマネチ! ビートたけし全記録』新潮社、1998年
- ^ 当初、『オレたちひょうきん族』には2人とも出演。番組内企画できよしも、うなづきトリオを結成するなどしたが、やがてたけしの単独出演になる
- ^ ニッポン放送『ビートたけしのオールナイトニッポン』1986年1月9日放送(「オールナイトニッポン傑作選」『コマネチ! ビートたけし全記録』新潮社、1998年)
- ^ 1986年1月9日放送の『ビートたけしのオールナイトニッポン』で「今年は自分の番組にいっぱい出ろ」と「借金苦だから仕方なく使う」と毒舌を交えながら気にかけている
- ^ 関西テレビ・フジテレビ系『たけしのここだけの話』1989年7月30日放送、きよしがゲストの回
- ^ 「ビートきよしが情愛告白『たけし、俺といちから出直そう』」『微笑』祥伝社、1987年2月7日号
- ^ 東京スポーツ・2008年5月27日付 24面
- ^ ビートキヨシ「あのころ」(『コマネチ! ビートたけし全記録』新潮社、1998年に掲載)より。
- ^ 関西で爆発的人気を得ていたB&Bが同じブラックユーモアの「岡山いじめ」をツービートより先に演じていた。漫才ブームが去ってからの北野は、ついに漫才ではB&Bに勝てなかったと、各場所で発言している
- ^ 米川明彦編著『明治・大正・昭和の新語・流行語辞典』三省堂、2002年、234頁
- ^ 小林信彦『天才伝説 横山やすし』新潮文庫、2001年、72頁
- ^ 小林信彦『笑学百科』新潮文庫、1985年、38頁
- ^ 関西テレビ・フジテレビ系『たけしのここだけの話』1989年7月30日放送、きよしがゲストの回。
- 1 ツービートとは
- 2 ツービートの概要
- 3 コンビでのテレビ出演
- 4 関連項目