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たかすぎ-しんさく 【高杉晋作】

(1839-1867) 幕末の志士長州藩士。名は春風。字(あざな)は暢夫(ちようふ)。号は東行(とうぎよう)吉田松陰門下下関砲撃備え奇兵隊結成、また、1865年以降、藩の主導権を握って藩論倒幕転換第二次長州征伐幕府軍を圧した。


防府歴史用語辞典

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高杉晋作 (たかすぎしんさく)

江戸時代終わり活躍した志士[しし]の1人です。明倫館めいりんかん]や松下村塾しょうかそんじゅく]で学んだ後、1863年奇兵隊きへいたい]をつくりました。萩藩方針倒幕とうばく]にしたり、長州征伐ちょうしゅうせいばつ]に来た幕府軍隊を負かしたりするなど活躍しましたが、明治時代になる前に病気で亡くなってしまいます。



近代日本人の肖像

国立国会図書館国立国会図書館

高杉晋作 たかすぎ しんさく

高杉晋作の肖像 その1
天保10年8月20日慶応3年4月14日 (1839~1867

山口生まれ倒幕派中心となった人物。父は萩藩士。藩校明倫館松下村塾に学ぶ。安政5年(1858)に昌平黌入学するが、6年(1859)藩命帰国する。文久3年(1863)萩藩外国船攻撃の際、登用されて奇兵隊結成し、外国勢と戦う。元治元年(1864)四国連合艦隊との講和において正使として活躍。第1次長征討の後、藩論討幕転換し、慶応2年(1866)薩摩藩との間に薩長連合締結同年6月第2次長征討指揮をとり、各地幕府軍を打ち破ったが、翌年馬関病死した。

キーワード 政治家

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)


美術人名辞典

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高杉晋作

読み方:たかすぎ しんさく

幕末長州藩志士長州藩高杉小忠太の子。諱は春風、字は暢夫、号を東行西海一狂生等。吉田松陰松下村塾久坂玄瑞と共に双璧と称され、のち江戸昌平黌に学ぶ。藩命により奇兵隊組織総監となり、四国連合艦隊下関砲撃事件では講和にあたった。のち九州亡命するが、挙兵して藩政握り藩論討幕統一し、第二次長州征伐では全藩を指揮活躍した。慶応3年1867)歿、29才。





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