三省堂 大辞林 |
せん-のりきゅう ―りきう 【千利休】
(1522-1591) 安土桃山時代の茶人。千家流茶道の開祖。和泉国堺の人。法名は宗易。村田珠光相伝の侘茶(わびちや)を武野紹鴎(じようおう)に学ぶ。茶器および諸道具に工夫をこらし、簡素・清浄な茶道を大成。織田信長・豊臣秀吉に仕えて御茶頭(おさどう)となり、天下一の宗匠と評される。政治にも参画するに至ったが、秀吉の怒りを買い自刃を命じられた。
美術人名辞典 |
千利休
読み方:せんの りきゅう
安土桃山時代の茶人。利休流茶道の祖。和泉堺生。幼名は与四郎、名は宗易、号は抛筌斎。茶湯を北向道陳・武野紹鴎に師事する。織田信長・豊臣秀吉の茶頭となり、草庵での侘数奇の茶道を大成。正親町天皇より利休居士号を勅謚される。天正十九年(1915 )歿、70才。
安土桃山時代の茶人。利休流茶道の祖。和泉堺生。幼名は与四郎、名は宗易、号は抛筌斎。茶湯を北向道陳・武野紹鴎に師事する。織田信長・豊臣秀吉の茶頭となり、草庵での侘数奇の茶道を大成。正親町天皇より利休居士号を勅謚される。天正十九年(1915 )歿、70才。
芭蕉関係人名集 |
千利休
せんのりきゅう
安土桃山時代の茶人。堺の人。名は与四郎。宗易(そうえき)と号す。侘茶(わびちや)の大成者で、千家の開祖。茶の湯を武野紹鴎(たけのじようおう)に学ぶ。草庵風の茶室を完成し、朝鮮の茶碗や日常雑器を茶道具に取り入れ、また楽茶碗の制作・指導などをした。織田信長・豊臣秀吉に仕えたが、のち秀吉の命により自刃。(『大字林』より)
せんのりきゅうに関連した本
- 千利休―無言の前衛 (岩波新書) 赤瀬川 原平 岩波書店
- 千利休 清原 なつの 本の雑誌社
- 千利休―「侘び」の創造者 (別冊太陽 日本のこころ 155) 平凡社
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