三省堂 大辞林 |
防府歴史用語辞典 |
周布政之助 (すふまさのすけ)
村田清風[むらたせいふう]の考えを受け継いで藩政の改革をすすめました。高杉晋作[たかすぎしんさく]や久坂玄瑞[くさかげんずい]ら志士たちの理解者で交流がありましたが、禁門の変[きんもんのへん]の発生や藩の実権が保守派に移った責任を感じて切腹しました。
関連項目
美術人名辞典 |
周布政之介
読み方:すふ まさのすけ
幕末の長州藩士。長門国萩生。諱は兼翼、字を公輔。号に麻田、観山、痩梅、沢江漁夫、雛翁、為春、慎独斎。変名に麻田公輔、松岡敬助。村田清風の薫陶をうけて藩政改革を進めるも、保守派との政争などにより数度の任免を経る。当初は開国を唱えたが、幕制改革の困難をさとり攘夷倒幕に転身。禁門の政変で藩が敗れて幕府の征長軍が発せられるなか、藩内の実権も対幕恭順派に握られるにいたって自刃。元治元年(1864)歿、42才。
幕末の長州藩士。長門国萩生。諱は兼翼、字を公輔。号に麻田、観山、痩梅、沢江漁夫、雛翁、為春、慎独斎。変名に麻田公輔、松岡敬助。村田清風の薫陶をうけて藩政改革を進めるも、保守派との政争などにより数度の任免を経る。当初は開国を唱えたが、幕制改革の困難をさとり攘夷倒幕に転身。禁門の政変で藩が敗れて幕府の征長軍が発せられるなか、藩内の実権も対幕恭順派に握られるにいたって自刃。元治元年(1864)歿、42才。
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