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じんむ-てんのう ―てんわう 【神武天皇】
記紀所伝の第一代天皇、神日本磐余彦天皇(かんやまといわれ)(びこのすめらみこと)の漢風諡号(しごう)。彦波瀲武鸕
草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)の第四皇子。九州日向(ひむか)から東進して大和地方を平定、紀元前660年(皇紀元年)、大和の橿原宮で即位したという。
歴代天皇事典 |
神武天皇
日本書紀・古事記(以下「記紀」という)に書かれている伝説上(定説)の人物で、初代の天皇とされている。
「はつくにしらすすめらみこと」と称されている。
高天原から天降ったニニギの曾孫で、兄五瀬命らと語らい東の美しい土地を目指して日向から宇佐・筑紫をを経由して瀬戸内海に入り大和をめざした。
河内に至り、その地の先住民(?)の長髄彦がおり孔舎衛坂で戦いとなった。
戦いは神武一行に不利で兄の五瀬命を戦いで失い、また暴風雨に遭って海神を鎮めようとして稲氷命と御毛沼命の両兄が海中に身を投じた。
神武は日の神の啓示により日に向かって戦うことの益なきことを悟り、紀州へと迂回した。
その後熊野の荒坂津に上陸して一路大和を目指した。
途中ヤタガラスらの導きもあってようやく畿内大和に入った。
そこで長髄彦と戦いになったが饒速日命が神武を天神の子孫と認めて長髄彦を殺して帰順したのでようやく戦いは収まった。
しかし、神武の行く手はまだまだ困難が伴った。
橿原宮で即位して初代天皇がここに誕生した。
「はつくにしらすすめらみこと」と称されている。
高天原から天降ったニニギの曾孫で、兄五瀬命らと語らい東の美しい土地を目指して日向から宇佐・筑紫をを経由して瀬戸内海に入り大和をめざした。
河内に至り、その地の先住民(?)の長髄彦がおり孔舎衛坂で戦いとなった。
戦いは神武一行に不利で兄の五瀬命を戦いで失い、また暴風雨に遭って海神を鎮めようとして稲氷命と御毛沼命の両兄が海中に身を投じた。
神武は日の神の啓示により日に向かって戦うことの益なきことを悟り、紀州へと迂回した。
その後熊野の荒坂津に上陸して一路大和を目指した。
途中ヤタガラスらの導きもあってようやく畿内大和に入った。
そこで長髄彦と戦いになったが饒速日命が神武を天神の子孫と認めて長髄彦を殺して帰順したのでようやく戦いは収まった。
しかし、神武の行く手はまだまだ困難が伴った。
橿原宮で即位して初代天皇がここに誕生した。
| 第1代天皇 | |
| 天皇名 | 神武天皇 |
| 読み方 | じんむてんのう |
| 名・諱等 | 神日本磐余彦尊 |
| 読み方 | かんやまといわれひこのみこと |
| 時代区分 | 神代 |
| 天皇在位 | 前660?年から前585?年 |
| 生年 | 生年不詳 |
| 没年 | 没年不詳 |
| 父 | 鵜葺草葺不合命 |
| 母 | 玉依毘売命 |
| 兄弟 | 五瀬命・稲氷命・御毛沼命 |
| 配偶者 | 媛蹈韃五十鈴媛命 |
| 皇子女 | 神渟名川耳命 |
| 即位宮 | 橿原宮 |
| 天皇陵 | 畝傍山東北陵 |
| 所在地 | 奈良県橿原市大久保町 |
歴代天皇陵一覧 |
神武天皇 畝傍山東北陵
(じんむてんのう うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)
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