三省堂 大辞林 |
戦国武将覚書 |
清水宗治(しみず むねはる) 1537~1582
○長左衛門尉
◇室:石川久孝女 子:清水宗之(行宗?)、景治
備中・高松城主となり、安芸・毛利氏傘下の武将となる。尾張・織田氏の部将羽柴秀吉に攻められたとき、3万の兵に囲まれ籠城するが、水攻めに遭う。毛利の援軍は中々近づけず、高松城は堅く容易に落ちなかったものの、脱出は不可能であった。戦線は膠着し、本能寺の変が発生したこともあって講和が成ったが、その条件として宗治は城から小舟に乗って出、潔く自刃した。
◇室:石川久孝女 子:清水宗之(行宗?)、景治
備中・高松城主となり、安芸・毛利氏傘下の武将となる。尾張・織田氏の部将羽柴秀吉に攻められたとき、3万の兵に囲まれ籠城するが、水攻めに遭う。毛利の援軍は中々近づけず、高松城は堅く容易に落ちなかったものの、脱出は不可能であった。戦線は膠着し、本能寺の変が発生したこともあって講和が成ったが、その条件として宗治は城から小舟に乗って出、潔く自刃した。
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