三省堂 大辞林 |
しづき-ただお ―ただを 【志筑忠雄】
(1760-1806) 江戸中期の天文学者・蘭学者。長崎の人。本姓中野。号、柳圃(りゆうほ)。長崎通詞志筑家の養子。オランダ語文法書「和蘭詞品考」「助字考」を書き、訳書「暦象新書」でニュートン・ケプラーの学説を紹介、さらには独自の星雲説をも説いた。
地図測量人名事典 |
志筑忠雄(しづきただお 1760-1806)
長崎生まれ、江戸後期の天文学者・蘭学者、「暦象新書」「八円儀測量法」著者。
山片蟠桃の地動説と相前後して、ニュートン力学に理解を示した志筑忠雄は、江戸後期の天文学者・蘭学者で、長崎で通詞の家に生まれ、初めは中野姓を名乗った。通詞志筑家に養子に入り家を継ぎ、一時通詞見習いとなったが、これを辞し、和漢の書を読み天文・暦学を研究し、オックスフォード大学の天文学教授キールの講義録のオランダ語訳にあたった。
志筑の特徴は、ニュートンなどの著書の単なる翻訳・紹介にとどまらず、独自の解釈を加えた独創性にある。ニュートン力学等の理解については、江戸時代を通じて最高の水準にあり、「暦象新書」(享和2年1802年)、八分儀について記した「八円儀測量法」、「日蝕絵算」などを刊行した。また、「混沌分判図説」(1793)で、宇宙生成に関して、次のように述べている。
「天地の初め語るにあらず、後世必ずこれを詳にする者あらん、或いは西人既に其説あらんも知らず。唯未だ聞かざると」
山片蟠桃の地動説と相前後して、ニュートン力学に理解を示した志筑忠雄は、江戸後期の天文学者・蘭学者で、長崎で通詞の家に生まれ、初めは中野姓を名乗った。通詞志筑家に養子に入り家を継ぎ、一時通詞見習いとなったが、これを辞し、和漢の書を読み天文・暦学を研究し、オックスフォード大学の天文学教授キールの講義録のオランダ語訳にあたった。
志筑の特徴は、ニュートンなどの著書の単なる翻訳・紹介にとどまらず、独自の解釈を加えた独創性にある。ニュートン力学等の理解については、江戸時代を通じて最高の水準にあり、「暦象新書」(享和2年1802年)、八分儀について記した「八円儀測量法」、「日蝕絵算」などを刊行した。また、「混沌分判図説」(1793)で、宇宙生成に関して、次のように述べている。
「天地の初め語るにあらず、後世必ずこれを詳にする者あらん、或いは西人既に其説あらんも知らず。唯未だ聞かざると」
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