さてはトコトン菊水丸とは?

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さてはトコトン菊水丸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/21 09:08 UTC 版)

さてはトコトン菊水丸(さてはとことんきくすいまる)は、MBSラジオで放送されていた生ワイドのラジオ番組である。通称「さてトコ」で、同局のβスタジオを中心に生放送。「新聞詠み河内音頭家元」と称する河内家菊水丸が、メインパーソナリティを務めた。

放送期間は、1996年(平成8年)4月から2009年(平成21年)3月27日まで。2003年(平成15年)9月27日までは、毎週土曜日の13:00 - 15:00(JST)であった(以下「土曜版」)。2003年(平成15年)9月29日からは、31年続いた『ごめんやす馬場章夫です』の後継番組として、毎週月~金曜日の10:30 - 12:30(JST)に放送された(以下「平日版」)。


  1. ^ 菊水丸・和泉・石田の出演で、毎週土曜日の夜に生放送。タイトルの『冬眠返上』には、河内音頭の音頭取りとして夏場に数十ヶ所の櫓で公演する菊水丸が、(通常は活動を休む)冬場にも仕事をするというニュアンスが込められていた。
  2. ^ 菊水丸の少年時代を描いた実写映画で、2007年(平成19年)11月に劇場公開。同年12月に永眠した田中監督の遺作でもある。公開前後には田中監督や、菊水丸が大ファンの女優で、母親役で出演した田中好子を『トコトン生ゲスト』に招いた。
  3. ^ 2008年(平成20年)4月中旬から3ヶ月間、週に1回のペースで、当番組の放送終了後に大学で集中講義を実施。当番組でも、実施の翌日に講義の模様を紹介した。
  4. ^ 和泉は、デビュー当時の所属事務所の意向で、「1969年生まれ」として関西のテレビ・ラジオ番組に出演。しかし2006年(平成18年)、当番組の放送中に実年齢を公表した。
  5. ^ 大相撲を観戦した際には、翌日の放送で必ず話題にしていた。
  6. ^ 当番組でも、金曜日の生放送中に実演した。また、2007年(平成19年)10月3日(木曜日)に放送の『ビーバップ!ハイヒール』(ABCテレビ)のVTR企画では、スルメイカなどを使ったギター演奏も披露。翌日出演の当番組で、大きな話題になった。
  7. ^ メロディーは土曜版と同じ。平日版の途中から、大西ユカリが「かかかかかわちや きくすいまーる!」と歌うバージョンを放送していた。
  8. ^ 後継番組『上泉雄一のええなぁ!』でも、「日本直販ええなぁラジオショッピング」として継続。ただし、商品を紹介する「ショッピングキャスター」が毎回出演している。
  9. ^ 『上泉雄一のええなぁ!』では、放送時間を20分ほど繰り上げて放送。
  10. ^ この体制は、2009年(平成21年)7月末まで、『上泉雄一のええなぁ!』でも続けられた。ただし、同番組では、10分ほど繰り上がって放送されている。
  11. ^ この構成は、『上泉雄一のええなぁ!』 でも変わらない。
  12. ^ 田中が長野県外に出られない長野県議会の開催期間中に、地元局(信越放送)のラジオスタジオから、土曜版を全編生放送したこともある。なお田中は、公務の時間と重なることなどを理由に、平日版へ出演しなかった。
  13. ^ 一連の絶叫は、毎日放送の公式携帯サイト「MBSモバイル」で、"着ボイス"として配信されていた。
  14. ^ 菊水丸が台湾への仕事でスタジオに出られなかった際に、代役のパーソナリティを担当したことがある。
  15. ^ 『上泉雄一のええなぁ!』では、月~金曜放送の「今出さんのお天気ええなぁ」にレギュラーで出演している。
  16. ^ 中村は前月まで、MBSラジオで『鋭ちゃんのあさいちラジオ』のパーソナリティを務めていた。
  17. ^ 2007年(平成19年)7月には、田中康夫について、当コーナーで「当分の間没交渉の関係になる」と宣言。その理由として、新党日本の党首の立場で、第19回参議院議員選挙への出馬を一方的に打診されたことを挙げた。[1]現に田中は、長野県知事を退任した2006年(平成18年)8月以降も、平日版に出演していない。ただし、宣言以降の放送でも、金曜日の出演者は『大きな声では言えませんが…』で田中バージョンのジングルが流れるたびに土曜版時代の口調や裏話で盛り上がっていた。
  18. ^ 13年間の膨大な音源を検索・調査する作業が避けられないため、募集の際には、菊水丸が放送日とシーンを具体的に指定することをしきりに求めていた。
  19. ^ 留守番電話を利用した企画は、『上泉雄一のええなぁ!』にも継承。ただし同番組では、特にテーマを設けず、毎回の放送で数件のメッセージ音源を再生している。
  20. ^ 原は、政治活動と並行して、『渡り鳥』シリーズ(日活映画)の原作や脚本を担当したとされていた。当番組に出演した際も、その話題から、小林旭などとの交流に話が及んでいた。
  21. ^ たとえば、2007年(平成19年)4月には、当時大阪・日本橋のビルで営業していた「おたくの殿堂」の地下室から放送した。ちなみに、同ビルの上層階では、菊水丸のコレクションの一部を展示する期間限定の無料イベント「河内家菊水丸の総額1億円 あっと驚く秘宝館」を開催。放送終了後には、菊水丸・和泉・石田が同会場に現れた。
  22. ^ 陣内智則藤原紀香による結婚披露宴開催直後の放送(2007年6月)には、披露宴に招待された浅越が、「殿堂入り」を求めて菊水丸へ引き出物の一部(チョコレート)を渡したことがあった。この際にも、菊水丸が「殿堂入り!」と絶叫している。
  23. ^ 菊水丸が当番組で『つボイノリオの聞けば聞くほど』の話題を取り上げたことを機に、つボイとの交流を開始。つボイが同番組で当番組を紹介したこともあって、ゲスト出演が実現した。ちなみに、MBSラジオでは当日、高校野球の試合が中止になった場合に当番組を放送する予定であった。しかし実際には、晴天の下で試合が実施されたため、「メインパーソナリティが他局の生番組に出演するため生放送を欠席する」という異例の事態は避けられた。
  24. ^ 当日の放送では、千里丘放送センターで収録されていた『アップダウンクイズ』(MBSテレビ)の司会陣から、小池清佐々木美絵がゲストで登場。同番組にちなんだ2人のジングルも、特別に作られた。
  25. ^ ファイナル放送の直前には、ゲストの松平が放送中に『別れの朝』(ペドロ&カプリシャスの代表曲)を披露する際に、菊水丸の希望で参加者やリスナーに間奏部分での合唱(「ララララ~ララ♪ 、ララララ~♪」)を勧めていた。
  26. ^ 2006年(平成18年)4月から2年間放送。当番組でも、リスナーからの指摘をきっかけに、一時話題になった。
  27. ^ 出演の際に、相撲甚句を披露したり、ジングルを収録したりすることがあった。
  28. ^ しかし菊水丸は、2009年(平成21年)3月5日放送の当番組で、自身の活動報告を目的に公式ブログを開設することを宣言。当番組の放送終了後から、ブログの公開と更新を始めている。[2]


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