三省堂 大辞林 |
さかもと-りょうま 【坂本竜馬】
防府歴史用語辞典 |
坂本龍馬 (さかもとりょうま)
近代日本人の肖像 |
坂本竜馬 さかもと りょうま
生年が天保6年(1835)10月とする説もある。高知生まれ。父は高知藩の郷士。嘉永6年(1853)江戸の北辰一刀流千葉定吉に師事。剣士として知られる。文久元年(1861)武市瑞山が結成した土佐勤王党に参加。2年(1862)脱藩して江戸へ出、勝海舟の門下生となり、神戸海軍操練所建設に尽力。慶応元年(1865)長崎の亀山に社中(のちの海援隊)を開く。薩長連合締結に努力し、2年(1866)西郷隆盛と木戸孝允の盟約に立ち会った。3年(1867)6月後藤象二郎と長崎から海路上京する船中で、独自の国家構想である「船中八策」をまとめた。同年11月中岡慎太郎と共に京都で暗殺された。
| キーワード | 政治家 |
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美術人名辞典 |
坂本龍馬
幕末の志士。名は直陰、直柔。才谷梅太郎などの変名も使った。土佐藩で千葉周作門。のちに勝海舟に師事し、片腕として活動した。薩長同盟に協力、また海援隊長としても各地を奔走した。慶応2年(1866)京都で中岡慎太郎と共に刺客に襲われ闘死、33才。
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