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けんぞうてんのう ―てんわう 【顕宗天皇】
記紀で第二三代天皇弘計王(おけのおおきみ)の漢風諡号(しごう)。在位三年。履中天皇の孫。父が雄略天皇に殺され、兄の億計王(のちの仁賢天皇)とともに播磨(はりま)に逃れたが、嗣子のない清寧天皇の皇嗣に迎えられ、兄に先立って即位したという。
歴代天皇事典 |
顕宗天皇
雄略天皇は、兄の安康天皇が市辺押磐皇子を皇位につけようとしたのを恨み、市辺押磐皇子を殺害して皇位についたが、その際に市辺押磐皇子の子の億計(顕宗)、弘計(仁賢)の二人は難を避け播磨国明石に逃れた。
その後伊予の来目部小盾に発見されて、清寧天皇の知ることとなった。
子のない天皇はこれを喜び二人を皇嗣として迎えた。
やがて清寧天皇が崩御したが、億計、弘計ともに皇位につかず譲りあった。
しかし、皇位を虚しく空けておくわけにはいかず、結局弘計が皇位につき近飛鳥八釣宮に都して顕宗天皇となった。
その後伊予の来目部小盾に発見されて、清寧天皇の知ることとなった。
子のない天皇はこれを喜び二人を皇嗣として迎えた。
やがて清寧天皇が崩御したが、億計、弘計ともに皇位につかず譲りあった。
しかし、皇位を虚しく空けておくわけにはいかず、結局弘計が皇位につき近飛鳥八釣宮に都して顕宗天皇となった。
| 第23代天皇 | |
| 天皇名 | 顕宗天皇 |
| 読み方 | けんぞうてんのう |
| 名・諱等 | 弘計尊 |
| 読み方 | おけのみこと |
| 時代区分 | 古代 |
| 天皇在位 | 485?年から487?年 |
| 生年 | 生年不詳 |
| 没年 | 没年不詳 |
| 父 | 磐坂市辺押磐皇子 |
| 母 | ハエ媛 |
| 兄弟 | 億計尊・飯豊青皇女 |
| 配偶者 | 難波小野王 |
| 皇子女 | □□□ |
| 即位宮 | 近飛鳥八釣宮 |
| 天皇陵 | 傍丘磐坏丘南陵 |
| 所在地 | 奈良県香芝市北今市 |
歴代天皇陵一覧 |
顯宗天皇 傍丘磐坏丘南陵
(けんぞうてんのう かたおかのいわつきのおかのみなみのみささぎ)
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