三省堂 大辞林 |
くつき-まさつな 【朽木昌綱】
美術人名辞典 |
朽木昌綱
読み方:くつき まさつな
江戸後期の丹波福知山藩朽木家八代当主。出羽守綱貞の子。初名は斧次郎、左門と称し、竜橋と号する。従五位下隠岐守、また近江守に任じられる。学者文人として高く評価され、『泰西輿地図説』をはじめ著書も多い。妻は松平不昧の妹で、自身不昧の弟子でもあった。画も能くした。享和2年(1802)歿、53才。
江戸後期の丹波福知山藩朽木家八代当主。出羽守綱貞の子。初名は斧次郎、左門と称し、竜橋と号する。従五位下隠岐守、また近江守に任じられる。学者文人として高く評価され、『泰西輿地図説』をはじめ著書も多い。妻は松平不昧の妹で、自身不昧の弟子でもあった。画も能くした。享和2年(1802)歿、53才。
地図測量人名事典 |
朽木昌綱(くつきまさつな 1750-1802)
福知山藩主、「泰西(輿地)図説」の著者。
江戸後期の丹波福知山藩朽木家の八代当主。茶道や花鳥山水画をたしなみ文人としてもよく知られる。地理書『泰西輿地図説』(1789)の著者である。同書は、江戸期の蘭学者がよく参照した地理書「ゼオガラヒー」からの抄訳である。このことについて、杉田玄白の「蘭学事始」(1815)の中に、「(福知山)候専ら地理学を好み給ひ泰西図説の訳編あり」とあるのは、彼のことである。
著作として「西洋銭譜」(1787)があり、古銭収集とその研究者としても知られている。
江戸後期の丹波福知山藩朽木家の八代当主。茶道や花鳥山水画をたしなみ文人としてもよく知られる。地理書『泰西輿地図説』(1789)の著者である。同書は、江戸期の蘭学者がよく参照した地理書「ゼオガラヒー」からの抄訳である。このことについて、杉田玄白の「蘭学事始」(1815)の中に、「(福知山)候専ら地理学を好み給ひ泰西図説の訳編あり」とあるのは、彼のことである。
著作として「西洋銭譜」(1787)があり、古銭収集とその研究者としても知られている。
くつきまさつなに関連した本
- 情報大名朽木昌綱 小出 進 講談社
くつきまさつなのページへのリンク