三省堂 大辞林 |
きたのまんどころ 【北の▽政所】
〔「北」は北の対屋(たいのや)、「政所」は内政を執る所の意〕
(1)摂政・関白の正妻の敬称。のちには、大・中納言の妻にもいった。
「―の別当ども/源氏(若菜上)」
(2)豊臣秀吉の正室、高台院(ねね)の敬称。
(1)摂政・関白の正妻の敬称。のちには、大・中納言の妻にもいった。
「―の別当ども/源氏(若菜上)」
(2)豊臣秀吉の正室、高台院(ねね)の敬称。
美術人名辞典 |
北政所
読み方:きたのまんどころ
安土桃山・江戸初期の人、豊臣秀吉の正室。尾張の杉原定利の次女。のち織田信長家臣浅野長勝の養女となる。名は寧子・吉子、通称はねね・北政所。14才で秀吉に嫁し内政を助けた。秀吉の歿後は落飾して高台院と号し京都に高台寺を建立、余生を送った。寛永元年(1624)歿、76才(一説に83才)。
安土桃山・江戸初期の人、豊臣秀吉の正室。尾張の杉原定利の次女。のち織田信長家臣浅野長勝の養女となる。名は寧子・吉子、通称はねね・北政所。14才で秀吉に嫁し内政を助けた。秀吉の歿後は落飾して高台院と号し京都に高台寺を建立、余生を送った。寛永元年(1624)歿、76才(一説に83才)。
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