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北上山地川井村の山村生産用具コレクション
| 名称: | 北上山地川井村の山村生産用具コレクション |
| ふりがな: | きたかみさんちかわいむらのさんそんせいさんようぐこれくしょん |
| 種別: | 生産、生業に用いられるもの |
| 員数: | 1,345点 |
| 指定年月日: | 2003.02.20(平成15.02.20) |
| 所有者: | 川井村 |
| 所有者住所: | 岩手県下閉伊郡川井村 |
| 管理団体名: | |
| 備考: | |
| 解説文: | この資料は、岩手県北上山地のほぼ中央に位置する川井村内で使用された山村生産用具のコレクションである。北上山地は岩手県の東半分を占める非火山性の隆起準平原で、青森県八戸市鮫岬【さめみさき】から宮城県牡鹿【おじか】半島に及ぶ南北約二五四キロメートル、東西約八〇キロメートルにわたる紡錘形を呈している。川井村はこの北上山地の最高峰である早池峰山【はやちねさん】(一九〇七メートル)の北麓にあり、北上山地を南北に二分して東流する閉伊川【へいがわ】とその支流である小国川【おぐにがわ】に沿った山村である。現在の川井村は、昭和三十年に川井村、小国村、門馬【かどま】村の三村が合併したもので、面積は五六三・〇七平方キロメートル、このうち山林原野が九五パーセント以上を占める。主な集落は閉伊川沿いの上流部に旧門馬村の七つの集落とその下流部に旧川井村の一三の集落が点在し、小国川沿いには上流部に旧小国村の一六の集落と下流部に旧川井村の一つの集落がある。集落の標高は最も西部に位置する区界【くざかい】の標高七〇〇メートルを最高に、東部の標高一一〇メートルの古田を最低とする。その標高差は六〇〇メートル近くにもなるため、区界と古田では季節が一か月ほど違うという。村内の地形は谷間に細長く続く平地に急峻な山裾が迫る形状を示している。このため、平坦な耕地が少なく第二次世界大戦前までの水田は小国地区の一部に限られ、村内の農業は稗や麦などの畑作が主であった。山仕事も盛んで、明治末期には鉄道用の枕木の生産が始まり、大正時代には盛んに行われるようになって昭和三十年代まで続いた。枕木の搬出には昭和八年に開通した山田線が盛んに利用された。 また、川井村は三陸沿岸部から流れ込む夏季のガス、オギと呼ぶ冷湿な季節風の影響を受け、たびたび飢饉に苦しんできた地域でもある。このため江戸時代から馬産、養蚕などの比重が高く、山稜の平坦地は放牧地として利用され、炭焼きなども盛んに行われた。 資料は自然物採集・加工用具、農耕用具、山樵用具、炭焼き用具、狩猟・漁撈用具、畜産用具、養蚕用具、製糸・機織用具、諸職用具に分類され、それぞれに使用された用具が作業工程順に整理されている。 この資料は、川井村が昭和三十年代から平成四年度にかけて実施した村内民俗資料調査活動の成果をもとに、村内一円から収集された約五千点の資料のうちから精選したものである。資料の多くが平成六年に開館した川井村北上山地民俗資料館において展示活用されている。また、この資料の解説書が『川井村民俗誌 民具編「図説」~民具とその周辺~』として、平成十二年三月に川井村教育委員会から発行されている。 自然物採集・加工用具はワラビの澱粉やミズナラ、コナラの実であるシダミの採集・加工用具と、マダと呼ぶシナノキの皮剥ぎ・加工用具と製品などである。ワラビの澱粉はケカヅと呼ぶ飢饉の際の救荒食として、堅果類は保存食として重要なものであった。 川井村で開田が進んだのは昭和三十年代以降のことで、それまでは畑作によるヒエやムギ、豆類などの雑穀類の栽培が主であり、通常の畑を補うために切替畑やカノと呼ぶ焼畑も作られた。農耕用具は畑作用具と稲作用具他に大別される。畑作用具は一木製のスキと呼ぶ南部型踏み鋤や、ヒエの直播き用具が注目される。農耕具にはスキ、マッカグワ、マドリなど、自然木を巧みに利用した用具が多い。また、農耕用具の中には平地での作業の仕事着なども含まれている。 山樵用具は枕木や建築材などの伐採用具と造材用具、搬出用具、修理用具などからなる。枕木の生産には、村外から訪れた木挽きなどの山稼ぎの職人が多数従事していた。 炭焼きは昭和の中ごろまで盛んに行われた。炭焼き用具には土窯と石窯の用具と製品の搬出用具が含まれる。 狩猟・漁撈用具のうちの狩猟具は、マタギヤリや鉄砲などの大型獣用の狩猟具類と、テンやイタチなどの小動物捕獲用の罠【わな】類である。門馬地区の一部には秋田から来たマタギに狩猟を教わったという伝承も残っている。山樵用具には、山仕事に着用される仕事着類が多数収集されている。 畜産用具は厩舎での牛馬の飼育関係の用具類である。川井村は昔から馬産地として有名であったが、昭和初期になると南部牛の系統を引く短角牛の飼育に替わり、ほとんどの農家が牛馬の肥育を行った。 養蚕も、炭焼きや畜産と並んで広く行われ、現金収入を得るための重要な手段であった。ほとんどが春蚕で、農作業に並行し五月末ころから飼育された。養蚕用具のうち蚕座【さんざ】用具のトウカは柾【まさ】板製、樹皮製、茅製の各種が収集されている。 |
重要有形民俗文化財のほかの用語一覧
| 生産、生業に用いられるもの: | 内子及び周辺地域の製蝋用具 加賀の手漉和紙の製作用具及び民家 加賀象嵌製作用具 北上山地川井村の山村生産用具コレクション 北佐渡 北武蔵の農具 北陸地方の木地製作用具 |
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