沖縄大百科 |
亀甲墓
読み方:かーみぬくーばか
「かめこうばか」ともいう。屋根の部分が亀の甲羅のような形になっているころから名付けられた。福健省など中国東南部に分布する形状で、沖縄に入ったのは17世紀末、一般に普及したのは明治以降といわれる。本土の墓に比べると室内はかなり広い。昔、死者は棺ごとしシルヒラシという入口に近いスペースに置かれ、数年後の洗骨をまつ。洗骨して清められた骨は骨甕に入れられる。現在は火葬して骨だけを納めている。なお亀甲墓は俗に母体をかたどったといい、人は死ぬと再びもとのところへ戻るという帰元思想の現れといわれている。
「かめこうばか」ともいう。屋根の部分が亀の甲羅のような形になっているころから名付けられた。福健省など中国東南部に分布する形状で、沖縄に入ったのは17世紀末、一般に普及したのは明治以降といわれる。本土の墓に比べると室内はかなり広い。昔、死者は棺ごとしシルヒラシという入口に近いスペースに置かれ、数年後の洗骨をまつ。洗骨して清められた骨は骨甕に入れられる。現在は火葬して骨だけを納めている。なお亀甲墓は俗に母体をかたどったといい、人は死ぬと再びもとのところへ戻るという帰元思想の現れといわれている。
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