戦国武将覚書 |
川上久朗(かわかみ ひさあき) 1536~1568
○源三郎 左近将監
◇父:川上忠克 子:川上久辰
薩摩・島津氏重臣で島津四勇将の一人。兄忠頼死後当主となる。18歳にして当主義久から守護代に任ぜられようとした程の才幹の士。太刀、長刀、鎌槍を自由自在に使いこなした剛将であったという。堂ヶ崎の合戦において、多勢に無勢で大隅・菱刈氏らの軍に向かおうとする島津忠平(義弘)を諫めるが聞き入れられなかった。結果島津軍は敗走し、久朗は重傷を負い亡くなった。
◇父:川上忠克 子:川上久辰
薩摩・島津氏重臣で島津四勇将の一人。兄忠頼死後当主となる。18歳にして当主義久から守護代に任ぜられようとした程の才幹の士。太刀、長刀、鎌槍を自由自在に使いこなした剛将であったという。堂ヶ崎の合戦において、多勢に無勢で大隅・菱刈氏らの軍に向かおうとする島津忠平(義弘)を諫めるが聞き入れられなかった。結果島津軍は敗走し、久朗は重傷を負い亡くなった。
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