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かのう-じごろう かなふぢごらう 【嘉納治五郎】
近代日本人の肖像 |
嘉納治五郎 かのう じごろう
万延元年10月28日~昭和13年5月4日(1860~1938)
兵庫生まれ。教育家。明治14年(1881)東京大学文学部政治学科および理財学科を卒業。その後、学習院教授、第一高等中学校校長、東京高等師範学校校長などを歴任した。一方で学生時代より柔術を学び、各流派を総合改良して柔道を創始、15年(1882)に講道館を創設して館長となり、生涯にわたり柔道の研究と普及に努めた。また、国際オリンピック委員会委員就任、大日本体育協会の設立、日本へのオリンピック招致運動など、広く体育・スポーツの振興に尽くした。大正10年(1921)貴族院勅選議員。
| キーワード | 教育家 |
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(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております。掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)
美術人名辞典 |
嘉納治五郎
読み方:かのう じごろう
教育家・柔道家。兵庫県生。幼名は伸之助。東大卒後、学習院教授等を経て東京高等師範学校長を多年務める。また講道館を創設し、その館長として柔道の研究指導に当たり、斯界の父と仰がれる。貴族院議員。日本最初のIOC(国際オリンピック委員会)委員。昭和13年(1938)歿、79才。
教育家・柔道家。兵庫県生。幼名は伸之助。東大卒後、学習院教授等を経て東京高等師範学校長を多年務める。また講道館を創設し、その館長として柔道の研究指導に当たり、斯界の父と仰がれる。貴族院議員。日本最初のIOC(国際オリンピック委員会)委員。昭和13年(1938)歿、79才。
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