映画情報 |
かた破り道中記
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1959 |
| 配給: |
| スタッフ | |
| 監督: | 福田晴一 フクダセイイチ |
| 製作: | 杉山茂樹 スギヤマシゲキ |
| 内藤陽介 ナイトウヨウスケ | |
| 脚本: | 森田竜男 モリタタツオ |
| 撮影: | 太田喜晴 |
| 音楽: | 木下忠司 キノシタタダシ |
| 美術: | 川村鬼世志 カワムラキヨシ |
| 編集: | 野村政七 |
| 録音: | 高橋太朗 タカハシタロウ |
| 照明: | 村田政雄 ムラタマサオ |
| キャスト(役名) |
| 伴淳三郎 バンジュンザブロウ (吉川経春) |
| 山田百合子 ヤマダユリコ (吉川妙継) |
| 立原博 タチハラヒロシ (山部伊織) |
| 小笠原省吾 オガサワラショウゴ (白坂桂之助) |
| 上田寛 ウエダヒロシ (神崎帯刀) |
| 滝沢ノボル タキザワノボル (太郎) |
| 田中好太郎 (次郎) |
| 佐々十郎 ササジュウロウ (藩士) |
| 花菱アチャコ ハナビシアチャコ (長兵衛) |
| 川口京子 カワグチキョウコ (お絹) |
| 青山宏 アオヤマヒロシ (与七) |
| ミスワカサ (お粂) |
| 大泉滉 オオイズミアキラ (喜助) |
| 西岡慶子 ニシオカケイコ (お島) |
| 島ひろし シマヒロシ (清吉) |
| 西川ヒノデ ニシカワヒノデ (勘次) |
| 岸田一夫 キシダカズオ (末蔵) |
| 高屋朗 タカヤアキラ (国松) |
| 水上杢太郎 (卯一) |
| サトウサブロー (忠助) |
| 西川サクラ ニシカワサクラ (お茂) |
| 柳家金語楼 ヤナギヤキンゴロウ (仁徳庵) |
| 初音麗子 ハツネレイコ初音礼子 (お兼) |
| 堺駿二 サカイシュンジ (久太) |
| 市川男女之助 イチカワオメノスケ (大場東八郎) |
| 山路義人 ヤマジヨシンド (藤堂若狭) |
| 榎本健一 エノモトケンイチ (堀田孫兵衛) |
| 大邦一公 オオクニイッコウ (北山内膳正) |
| ユスフ・トルコ (ハースケン) |
| フランキー堺 フランキーサカイ (通訳) |
| 森明子 モリアキコ (ラシャメンお春) |
| 大久保怜 オオクボレイ (榎木武太夫) |
| トニー谷 トニータニ (戸田遠州) |
| 生方功 ウブカタイサオ (若桜隊員) |
| 中田ダイマル ナカタダイマル (寅吉) |
| 天王寺虎之助 テンノウジトラノスケ (猪之助) |
| 曽呂利祐平 ソロリユウヘイ (祐吉) |
| 秋田Aスケ アキタエースケ (千太) |
| 秋田Bスケ アキタビースケ (三吉) |
| 中田ラケット ナカタラケット (春吉) |
| 曽我廼家明蝶 ソガノヤメイチョウ (京都所司代) |
| 森繁久彌 モリシゲヒサヤ森繁久弥 (近藤勇) |
| 森繁久彌 モリシゲヒサヤ森繁久弥 (近藤勇太郎) |
| 戸上城太郎 トガミジョウタロウ (土方歳三) |
| ミヤコ蝶々 ミヤコチョウチョウ (おりき) |
| 南都雄二 ナントユウジ (三平) |
| 横山エンタツ ヨコヤマエンタツ (代官) |
| 森光子 モリミツコ (代官の妾) |
| 曽我廼家五郎八 ソガノヤゴロハチ (本陣の番頭) |
| 喜味こいし キミコイシ (支邦人) |
| 夢路いとし ユメジイトシ (支邦人) |
| 解説 |
| 関西喜劇人協会々員の総出演する喜劇。「伴淳の おじいちゃん」の森田竜男の脚本を「二等兵物語 あゝ戦友の巻」の福田晴一が監督した。撮影も「伴淳の おじいちゃん」の太田喜晴。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| NHKの公開放送「私の秘密」の今日のゲスト近藤勇太郎の御対面は元、周防の国五万五千石の富田藩々主吉川経春と云う百三十歳の老人。さてその経春が、幕末の頃勇太郎の曾祖父近藤勇と刃を交えんとした時の話とは−−。慶応三年春、勤皇佐幕で世の騒がしい頃へ勤皇方の武器弾薬輸送を阻止せんと幕府の眼が東海道一帯をにらんでいた。折しも江戸参勤を終って帰国の途中、勤王の志厚い経春は長州藩家老の依頼によりその輸送を引受ける。ところがその夜食べたフグがあたり、しかもかけつけた医者が馬医者であったため経春・側用人伊繊、他六人を残して他の家来は全滅と云う心細さ。しかし折よく帰阪途中の日蓮宗身延講の一行を経春が巧みに勧誘して五、六十名の俄か藩士を集めるには至った。が、何とも珍奇な一隊。しかしとにかく、かくして武器輸送の秘命を帯びた妙な大名行列は一路京都へ向った。途中幕府のスパイにかぎつけられたり危い目にも会ったが早変りの計や関所代官の温情でとにかく無事に進んでゆく。しかし武器引取りの際大金を立替えた経春らは不自由をきたし、しかも山路の危険な行軍には脱落者も出る始末であったが苦心を重ねる経春を慰めるのは小姓に変装したお絹であった。一方京都では近藤勇と新選組の暗躍に勤皇の志士は武器到着を待望し新選組は奪取すべく待ちかまえていた。折しも道中一帯は大凶作で百姓一揆が起っていた。一行の飢餓を見かねた経春は一揆にまぎれて米を盗み一揆のリーダー達につるし上げられるが話の末かえって彼らの協力を得、百姓町人を交えての武器輸送軍の一行は次第に京へ近づいた。経春を先頭に力強く行進する一行を見て峠で待受けていた新選組ではあったが、時勢を察した近藤勇は無用の流血を避けて引上げた。翌四年、経春ら長州藩は連発銃の威力で鳥羽伏見の戦いに大勝した。−−と語り終った経春に呼ばれて現れたのは経春と結ばれた白髪のお絹であった。 |
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