戦国武将覚書 |
蠣崎慶広(かきざき よしひろ) 1549~1616
○天才丸 新三郎 志摩守 若狭守 伊豆守 民部大輔 松前氏
◇父:蠣崎季広 室:村上季儀女、斎藤実繁女 子:松前若狭守盛広、隼人正忠広、(南部)長門守利広、由広、次広、河野景広、蠣崎安広、満広
兄二人の死後、蝦夷・蠣崎氏5代当主となる。外交手腕を発揮させて豊臣秀吉に接近し、蠣崎氏を名実共に出羽・安東氏から独立させる。朝鮮出兵の時には肥前・名護屋まで参陣して秀吉に“狄の千島の屋形、遼遠の路を凌ぎ来る”として感激させ、アイヌ民族との交易独占等の蝦夷支配の安堵を得た。秀吉死後は徳川家康に蝦夷地図や家譜を献上し、1599年松前氏(松平+前田)に改姓、初代松前藩主となる。
◇父:蠣崎季広 室:村上季儀女、斎藤実繁女 子:松前若狭守盛広、隼人正忠広、(南部)長門守利広、由広、次広、河野景広、蠣崎安広、満広
兄二人の死後、蝦夷・蠣崎氏5代当主となる。外交手腕を発揮させて豊臣秀吉に接近し、蠣崎氏を名実共に出羽・安東氏から独立させる。朝鮮出兵の時には肥前・名護屋まで参陣して秀吉に“狄の千島の屋形、遼遠の路を凌ぎ来る”として感激させ、アイヌ民族との交易独占等の蝦夷支配の安堵を得た。秀吉死後は徳川家康に蝦夷地図や家譜を献上し、1599年松前氏(松平+前田)に改姓、初代松前藩主となる。
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