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御湯殿上日記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/25 04:35 UTC 版)

(お湯殿上日記 から転送)

御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき・お湯殿の上の日記)とは、御所に仕える女官達によって書き継がれた当番制の日記禁裏宮中)にある御湯殿の側に女官達の控えの間があり、そこに備え付けられていたといわれている。当番の女官によって交替で書かれたもので字体は女房文字(仮名文)。稀に当代の天皇自身が代わりに書いたと思われる部分もあるとされている[1]


  1. ^言継卿記天文17年1月12日条によれば、後奈良天皇がある件について調べるために過去の『御湯殿上日記』を調べたところ、そこが亡き父である後柏原天皇の直筆の部分であったことが記されている(松薗斉『日記の家 中世国家の記録組織』(吉川弘文館、1997年)P194-95)。
  2. ^薩戒記応永32年11月6日条において、後小松院が記主の公家中山定親に対し、宮中のことは女房が扱ってはいるが、それを記録できる者がおらず、自身が記録していたが、度重なる火災で失ったことを嘆く記述がある。この時期には「御湯殿上日記」が存在していなかった可能性が高く、松薗斉は後小松院の没後に宮中を主導した後花園院1450年前後に開始したとする説を提示している(松薗・前掲)。
  3. ^ 文献は他に御湯殿上日記研究会『お湯殿の上の日記の研究 宗教・遊芸・文芸資料索引』(続群書類従完成会、1973年)がある。


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