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おんな太閤記
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/11 12:02 UTC 版)
| おんな太閤記 | |
|---|---|
| ジャンル | ドラマ |
| 放送時間 | 日曜20:00-20:45(45分) |
| 放送期間 | 1981年1月11日-12月20日(全50回) |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本放送協会 |
| 製作総指揮 | 伊神幹、渋谷康生 |
| 演出 | 北嶋隆 他 |
| 脚本 | 橋田壽賀子 |
| 出演者 | 佐久間良子 中村雅俊 浅茅陽子 滝田栄 音無美紀子 藤岡弘 夏目雅子 尾藤イサオ せんだみつお 池上季実子 前田吟 泉ピン子 長山藍子 赤木春恵 フランキー堺 西田敏行 他 |
| オープニング | 坂田晃一 |
『おんな太閤記』(おんなたいこうき)は、1981年1月11日から12月20日までNHKで放映された大河ドラマ第19作。原作および脚本・橋田壽賀子。主演・佐久間良子。全50話。
目次 |
概要
豊臣秀吉の正室・ねね(北政所)の視点で戦国時代から江戸時代初期(大坂の役)までを描く。
橋田壽賀子が大河ドラマの脚本を担当するのは、本作が初めてである。NHKから脚本執筆の依頼を受けた際、彼女は以前から興味を持っていた豊臣秀吉の正室・高台院(ねね)の生涯を通して、女性に焦点を当てた形で戦国時代を描きたい旨をNHK側に伝え、NHKもこれを了承した。
橋田は、高台院に関する史料のほかに、秀吉関係の史料からねねの生活を推測し、ドラマを作っていった。また、監修に國學院大學名誉教授(当時)で戦国時代史研究の第一人者であった桑田忠親を迎え、考証関係を補強した。桑田には『信長の手紙』などの著書があり、ねね宛ての悋気を戒める手紙などを本編に巧みに取り入れるなどし、織田信長配下の秀吉・ねね夫妻の生活描写に貢献した。
従来、秀吉をめぐる女性としては豊臣秀頼の生母である側室・淀殿がよく知られ、北政所(高台院)の存在は影に隠れがちであった。本作をもって、秀吉糟糠の妻として北政所・高台院の知名度が高まったことは否定できない。また、本来高台院の俗名は「お初(おね)」が正しいが(これについては疑問・反論もある。詳細は高台院#諱についての論議を参照)、本作品以降「ねね」と呼ぶドラマ・小説・漫画が多数登場したことからも、この作品の影響の大きさが窺える(尤も、大河ドラマでは本作以前の作品でも「ねね」又は「北政所」と書くのが一般的であり、逆に「おね」と表記されたのは、クレジット上はいずれも後年の作品である『秀吉』『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』『江〜姫たちの戦国〜』のみである)。
ねねのほかに、秀吉の母・なか(大政所)、弟・豊臣秀長、姉・とも(瑞龍院日秀)、妹・朝日姫をはじめ、木下-羽柴-豊臣家や浅野家など秀吉・ねね周辺の人々についても詳細に取り上げた点も特徴的である。中でも秀長(小一郎)が最重要キャラクターとして本格的に登場したのは大河ドラマ史上初めてで、彼の活躍ぶりが描かれる作品はその後、1996年『秀吉』まで現れない。また、秀長の妻・智雲院がレギュラーで登場する大河ドラマは本作のみであり、2人の出会いや結婚にまつわるストーリーが詳しく描かれた映像作品も本作以外に存在しない。
女性の視点からの戦国時代の描写は、従来の男性を中心とした戦国時代のファン層のほか、主婦層にも幅広い支持を得て、平均視聴率31.8%(2009年現在、歴代5位)、最高視聴率36.8%を記録した(ビデオリサーチ調べ・関東地区)[1]。劇中で西田敏行扮する秀吉(藤吉郎)がねねを呼ぶ際に用いた二人称「おかか」はこの年の流行語にまでなっている。
昭和50年代の大河ドラマは各作品とも20%から30%台の比較的高い視聴率を誇るが、その中にあっても本作が記録した平均視聴率31.8%と最高視聴率36.8%は特に高い。その高い人気もあってか、NHK衛星第2テレビジョンでは最も早く全50話が再放送された。
2008年3月20日から2008年5月にかけて、「時代劇専門チャンネル」でも全話が再放送されている。
オープニング
オープニング映像は、黒地に豊臣秀吉愛用の能面(雪の小面)を色々な角度から移した画面と、風にうねる黄金の稲田を交互に映し出したものである。クレジット(キャスト・スタッフ表示)は縦書き。
テーマ音楽は坂田晃一の作曲によるものである。後に坂田は、同じく橋田が脚本を手がけた『いのち』(1986年放映)、『春日局』(1989年放映)でもテーマ音楽の作曲を担当することになる。
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