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おんだけじんじゃ
御嶽神社[解説]豊後大野市清川町宇田枝字御嶽3368番地。主祭神は「国常立命(くにとこたつのみこと)」「彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)」「少彦名命(すくなひこなのみこと)」。宝徳元年(1449年)、豊後国太守14代大友親隆が宮崎・南郷村の行縢(むかばき)山の麓で薩摩軍と戦った際、行縢山に向かい「神のご加護によって戦に勝利したならば、自分の領地に行縢の神をお迎えしお祀りいたします」と誓い、戦に勝利した。凱旋した親隆の夢枕に「行縢の神」が立ったため御嶽山(標高560メートル)の山頂に社を建立した。御嶽神社は江戸時代に入っても岡藩主中川公から代々手厚く保護されており、神社の紋所が中川家と同じであることからもそれが伺われる。
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